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水島綜合法律事務所 - Q&A

Q&A

Q1 シートベルト免除の診断書を作成してほしいと言われたら?

1、このシリーズでは、日常診療において、無用なトラブルに巻き込まれないように、トラブルの種になりそうなことを未然に防ぐためには、どう対処すればよいのか、また、実際にトラブルに巻き込まれた場合にどう対処し解決すればよいのかについて、臨床に携わっておられる医療者の方々から実際に寄せられたさまざまな疑問を題材に、医療者側弁護士の立場から、できるかぎり分かりやすく解説させていただきます。
2、今回のご相談内容
 先日、顧問先の耳鼻科医師より、
「頸部郭清術を受けられた患者さんから、『シートベルト免除の診断書を作成してほしい』と言われましたが、そのような診断書を作成して法律的に大丈夫でしょうか。もし、その患者さんが、交通事故をおこして、シートベルトをしていなかったために死亡されたような場合、法的責任を問われるのではないでしょうか」との問い合わせがありました。
 その耳鼻科医師に詳しい話を聞いたところ、その患者さんいわく、「以前、友人が、知り合いの整形外科医師にシートベルト免除の診断書を書いてもらったので、自分にも書いて欲しい」とのことでした。
3、回答
(1)診断書作成義務
 医師法19条2項によると「診察・・・に立ち会った医師は、診断書・・・の交付の求があった場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」として、「正当の事由」がない限り医師に診断書の作成が義務付けられています。
 恐らくこの耳鼻科医師も、診断書の作成義務が課されていることから、診断書を書かないといけないのだろうけれど、そのような診断書を書いたら、かえって法的責任を問われるのではないかと心配になって相談されてきたのだと思われます。
 そこで、今回のご相談内容では、「シートベルト免除の診断書」の作成が果たして医師に義務付けられることになるのか、医師法19条2項にいう「正当の事由」があるとして拒むことができるのかが問題となります。
(2)道路交通法71条の3但書
 その患者さんは友人が、「知り合いの整形外科医師に『シートベルト免除の診断書』を書いてもらった」とおっしゃっているようですが、果たしてその真偽のほどは分かりませんよね。
 そもそも「シートベルト免除の診断書」とは、どのような内容のものをおっしゃっているのかも分かりません。
 確かに、道路交通法71条の3但書には、「ただし、疾病のため座席ベルトを装着することが療養上適当でない者が自動車を運転するとき」には、座席ベルトの装着を免除する旨、規定されていますので、恐らくその患者さんは、そのための診断書が欲しいとおっしゃっているのだと思われます。
 しかしながら、医師がシートベルト免除の権限をもっているわけではありませんので、正面切って診断書に「シートベルトの装着義務を免除する」と記載するべきではないと思います。
 恐らく、その患者さんの友人が「知り合いの整形外科医師」に書いてもらったという「シートベルト診断書」にも、「シートベルトは装着しないでよい」とか「シートベルト装着義務を免除する」とは書かれていなかったはずです(もし、診断書にそのような記載がされていたのであれば、その診断書は明らかにおかしいと思います)。
 それに、もし医師が「シートベルト装着義務を免除する」という診断書を作成した結果、その患者さんがシートベルトを装着せずに交通事故を起こして死亡された場合、そのご遺族から「医師がシートベルト免除の診断書を作成したから、死亡事故に発展したんだ」と訴えられることにもなりかねませんので、そのような記載をすることはお勧めできません。
 そもそも、シートベルトの着用義務が課されているのは、交通事故による負傷を防ぐためで、身の安全を確保するためです。従って、道路交通法71条の3但書によりシートベルト着用義務が免除されるということは、シートベルトを着用することの上記メリットよりもデメリットが上回るというあくまで例外的な場合である上に、その例外的な場合にあたるか否かの判断権限を医師が持っているわけではありません。
(3)では実際、診断書にはどのように書けばよいのでしょうか?
 従って、この場合、医師が診断書に記載できるのは、せいぜい「患部への圧迫を避ける必要がある」というのが限度だと思います。
 そして、その診断書の記載をもって道路交通法71条の3但書にいう「ただし、疾病のため座席ベルトを装着することが療養上適当でない者が自動車を運転するとき」に該当するか否かを判断するのは警察等であって、医師ではありませんので、それ以上の配慮は不要だと思います。
 どうしても患者さんからのご要望に沿って患者さんが望むような内容の診断書を書いてあげたいという気持ちから、ついつい度を越してしまう医師がいらっしゃるようですが、かえって無用なトラブルに巻き込まれてしまうことになりますので要注意です。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第1回 掲載記事より(平成30年4月号・第45巻第4号 通巻586号・平成30年4月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

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