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水島綜合法律事務所 - Q&A

Q&A

Q3 モンスターペイシェントから「応召義務だろ!」と言われたら?

1、今回のご相談内容
 前回のご相談は、患者に同行した家族間でのトラブルを診察室にそのまま持ち込み、弁護士まで連れてきた結果、正常な診療行為が立ち行かなくなるばかりか他の患者さんにも迷惑がかかるような状況となり、明らかな診療妨害行為が認められるケースについてでした。
 そして、そのような状況が続くようでは、患者本人の診療自体を拒否せざるを得ないと通告すべきですが、実際に診療を拒否した場合、医師法19条1項の「応召義務」違反の問題が生じることになるのではないかというのが、今回のご相談内容です。
2、回答
(1)応召義務
 「応召義務」とは、「診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」(医師法19条1項)というものです。
 つまり、医師は患者が「診てほしい」と言ってきた場合、原則として嫌とは言えないということです。
 では、例外的に診療・治療を拒める場合、つまり、「正当な事由」(医師法19条1項)がある場合とは、どういう場合なのでしょうか?
 この点について裁判例は、「医師法19条1項における診療拒否が認められる『正当な事由』とは、原則として医師の不在または病気等により事実上診療が不可能である場合を指すが、診療を求める患者の病状、診療を求められた医師または病院の人的・物的能力、代替医療施設の存否等の具体的事情によっては、ベッド満床も右正当事由にあたる」(千葉地方裁判所1986(昭和61)年7月25日判決)と判示しています。
 要は、「正当な事由」があるといえるか否かについては、具体的事情を踏まえて、事案ごとに個別に判断されることになります。
 ただ、原則は「応召義務」があり、診療・治療を拒めるのはあくまで例外的な場合に限られますから、基本的に医療者側はこの「応召義務」に縛られることになるわけです。ちなみに、未払い診療費があっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできないというのが、厚生労働省の公式見解とされています。
(2)「応召義務」(医師法19条1項)はモンスターペイシェントの根拠条文?!
 実際のところ当職のところに持ち込まれるご相談の中には、明らかにモンスターペイシェントと思われるケースもありますが、医療者側はこの「応召義務」(医師法19条1項)に縛られた結果、疲弊しきってしまっていることが多いように思います。
 つまり、モンスターペイシェントは、この「応召義務」を錦の御旗のごとく振りかざし、クレームを言い続け、場合によっては特別扱いを強要するなど自らの要求を通そうとしてくるわけです。
 残念ながら、「応召義務」を定める医師法19条1項が、実はモンスターペイシェントの根拠条文になってしまっているというのが現実なのです(「モンスターペイシェント」については、あらためてご説明させていただく予定です)。
(3)今回(前回)のケースについて考える
 ご相談のケースでは、長男夫婦と長女・次女との間にトラブルがある上に、明らかな診療妨害行為が認められる場合で、患者本人から依頼を受けた代理人(実際は長男夫婦から依頼を受けたと思われる代理人)である弁護士が、病院に対し「長女、次女を診察に同席させないでほしい」、「長女、次女からの誤った情報を基に診断されているのだとすると、誤診の可能性がある」などと記載した内容証明郵便まで送り付けてきました。このケースにおいて、「誤診の可能性がある」などと医師を非難するということは、「医療過誤で訴えるぞ」と脅しをかけているのと同じだと思われますので、(弁護士を使った)モンスターペイシェントと言ってよいと思います。
 このようなモンスターペイシェントから脅しを受けながらも医師は、「応召義務」に縛られる必要があるのでしょうか。
 当職としては、この場合、医師法19条1項の「正当な事由」に該当し、例外的に診療・治療を拒めると考えます。
 もちろん、患者側(患者本人、長男夫婦)から「応召義務」違反ということで、訴えられる可能性はあります(何時でも、誰でも、難癖をつけて訴えることは可能だからです)が、恐らく裁判所は「正当な事由」に該当すると判断し、医療者側が勝訴できるだろうと思います。
 なお、このようなケースで医療者側が勝訴するためには、診察室でどのようなやり取りがあったのか、誰が何を言ったのかについて、詳細な記録を残しておくことが重要です。
 実際にご相談のケースでは、担当医は、毅然と対応された上に誰が何を言ったのか、その発言内容に至るまで、具体的かつ詳細に電子カルテに記載されていました。
 そのため、当職が医療者側から依頼を受けて患者本人の代理人弁護士と対峙した際も、その詳細なカルテ記載のおかげでモンスターペイシェントを撃退できた次第です。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第3回 掲載記事より(平成30年6月号・第45巻第6号 通巻588号・平成30年6月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

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