Q6 検査結果を見落としてしまったら・・・(その2)
1、今回のご相談内容
前回に引き続き、検査結果の見落としに関するトラブルについて取り上げたいと思います。今回は、前回提示させていただいた事例Bについて詳しく検討してみましょう。
2、事例B(外部委託で数日後に判明した腫瘍マーカーの異常値の見落としのケース)について
このモデル事例は、かなり特殊事情が重なった不幸なケースでした。
【不幸な特殊事情の連鎖】
ア、一部の腫瘍マーカーの検査のみが外部委託となっており、その外部委託の検査結果が判明するまで数日を要すること
イ、それ以外の(この病院で即日判明した)血液検査結果がいずれも正常であって、病状も安定していると判断されたこと
ウ、そのため、主治医が経過観察として、次回外来予約を3カ月後に入れたこと
エ、主治医は2ヶ月以内に転勤することが決まっていたため、主治医が変更することになったこと
オ、検査日から数日後、外部委託先から腫瘍マーカーの異常値を示す検査結果が病院に届いたこと
カ、しかし、この病院では外部委託先から検査結果が届いたことを、主治医にその都度、個別に知らせるシステムになっていなかったこと
キ、そのため、検査をオーダーした主治医自身が、外部委託先から検査結果が届いたであろう時期を見計らって、自発的にその患者の電子カルテを見に行くか、あるいは、その時期に外来予約が入っていないと、主治医がタイムリーに検査結果を把握することはできなかったこと
ク、その結果、悪性腫瘍に対する治療が3カ月遅れることとなり、十分な治療ができないまま、患者さんが原疾患により死亡されたこと
このように不幸な特殊事情の連鎖の結果、結局、患者さんが原疾患で死亡された後、ご遺族が主治医に対し、民事責任のみならず、刑事責任の追及をしてきたためトラブルとなり、当職が病院及び主治医から受任をすることとなりました。
3、事例Bについての法的分析と紛争解決
確かに、検査をオーダーした主治医自身が外部委託の検査結果が届いた頃を見計らって、この患者の電子カルテを確認していれば、このトラブルは回避できたのであって、その意味では、人為的ミスであることから、主治医に「過失」が認められることは明らかです。
しかしながら、当然、医師は日々多くの患者を診ているのであって、一人一人の患者情報を全て記憶することは不可能です。そのため、病院としては、あらゆる人的・物的資源を駆使して、医師に注意喚起をすることが必要です。つまり、後日、外部委託先から検査結果が届いた場合、そのことを主治医に個別に連絡するか、あるいは、検査結果が届いたことを主治医に気付かせるようなシステムを構築する必要があります。残念ながら、この病院ではそのようなシステムが構築されておらず、病院のシステムエラーであるといえます。
ただ、残念ながら、仮に病院のシステムエラーということであったとしても、主治医の「過失」が否定されるわけではありません。検査をオーダーしたのは主治医であり、即日結果が判明しない検査項目があることを主治医は当然わかっていたのですから、後日、判明した結果を確認する義務が主治医にはあるからです。
そして、「過失」があって、それによる「損害」が発生した場合、法的責任が発生します。
この事例Bの場合、確かに悪性腫瘍に対する治療が3カ月遅れることとなりましたが、仮にタイムリーに腫瘍マーカーの異常値を主治医が把握して、直ちに治療開始したとしても、必ずしも治療効果があったといえるかについては、医学的に不明でした。そのため、異常値の見落としがなかった場合、患者さんの予後が異なる経過となっていたとはいえませんでした。
つまり、悪性腫瘍に対する治療の遅れと、患者さんの死亡との間に因果関係があるとはいえなかったのです。
したがって、この事例Bについては、治療開始が3カ月遅れたこと自体が「損害」ということになります。
ただ、予後が変わらないということを、ご遺族に説明しても、なかなか納得していただけませんでした。悪性腫瘍に対する治療が遅れたから患者さんが死亡したのではなく、原疾患で死亡したのであるということをご遺族に受け入れてもらうのは至難の業でした。ご遺族の気持ちとしては、「なぜ、異常値を見落としたのか。なぜもっと早く治療を開始してくれなかったのか。早く治療を開始していれば、治ったはずだ」と思うのは、むしろ当然だからです。
そのようなご遺族の気持ちに十分配慮した上で、しかしながら、冷静に法的分析をし、その内容に関して言葉を尽くして説明し、説得するしかありません。特にこの事例Bの場合、ご遺族が弁護士を代理人として選任しなかったことから、当職が直接ご遺族に対して、法的分析に関する説明、説得を繰り返しました。幸い、ご遺族の理解を得ることができ、裁判には至らず、示談で解決することができましたが、不幸な特殊事情の連鎖は、この事例に限ったことではなく、どこの病院でも起こり得る可能性があり、再発防止の必要性を痛感した次第です。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第6回 掲載記事より(平成30年9月号・第45巻第9号 通巻591号・平成30年9月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))