Q8 とにかくまず謝罪しろと言われたら・・・(その1)
1、今回のご相談内容
今回から複数回に渡り、患者家族から「とにかくまず謝罪しろ」と言われて、やむを得ず主治医らが謝罪した結果、民事裁判を提起されただけでなく、刑事告訴にまで発展した事案について、取り上げたいと思います。
2、本件事案について
(1)90歳男性患者が、中等から重症度の慢性心不全が急性増悪したとして、他院から相談者の病院に救急車で転送され、入院となりました。主治医(循環器専門医)は、慎重かつ適切な利尿剤使用を行い、尿量や体液バランスを考慮しながら内科的治療を行いましたが、入院1週間後に心不全の増悪を来し、ICU管理となりました。
(2)主治医はICUで、約20分程かけて患者家族らに病状の説明をしましたが、いきなり患者家族らが激高し、「利尿剤の投与量が多すぎて脱水になったんだろ」、「とにかくまず謝罪しろ」と大声で主治医を責め立て始めました。
患者家族の一人が医学部教授であるということもあってか、主治医は患者家族らのあまりの勢いに恐怖で頭の中が真っ白になり、冷や汗をかいて、その場に崩れ落ちそうになり、その言い分に抗うことができず、不本意ながら「その可能性(利尿剤の過剰投与の可能性)があります」と虚偽の事実を認めてしまいました。
(3)患者家族らは、自らの権威(医学部教授であること)を振りかざして、所定のカルテ開示の手続きを一切無視し、「今日、カルテを持って帰って検討したい。準備ができるまで待たせてもらうので、そのための別室を用意しろ」と、カルテの即日開示を要求しました。
そこで、応接室で、クレーム対応に慣れている循環器科部長が主治医とともに、患者家族らの応対をすることとなりました。
(4)応接室でも、患者家族らはクレームを言い続け、「この状況では治療費は払えない。当然、請求できないよね」等と数時間に渡り主治医らを責め続けました。
循環器科部長が、急変した原因を現在精査中であること、急変の原因として、急性心筋梗塞や肺梗塞の合併症も考えられることを説明しても、患者家族らはさらに激昂し、「利尿剤の過剰投与を認めろ」、「馬鹿にしているのか」、「証拠を隠滅しようとしているのか!ごまかすな!」などと罵詈雑言を浴びせ続け、「謝罪文を一筆書いてこい。今すぐ書いてこい。20分もあれば書けるだろ。誓うか」などと、殴りかからんばかりの勢いで、顔を近づけて威圧したため、根負けした循環器科部長は、やむを得ず「誓います」と言って、退席しました。
(5)その後、しばらくの間、主治医一人が患者家族らの応対を強いられることとなりましたが、どうやら患者家族らは、主治医は謝罪した、過失を認めたと思い込んでおり、患者家族らは比較的穏やかな口調で病院の悪口や世間話程度の話をしていました。
(6)院長は、患者家族らとトラブルになっているということを知らず、ただ、患者家族の一人が医学部教授ということで、敬意を表して挨拶をするため応接室に入りました。その日、院長は、別の患者の手術に立ち会う予定で、手術前のわずかの時間を割き、応接室に入ったのです。
患者家族らと名刺交換をした後、院長が「主治医からの説明で病状についてご理解いただけましたか」と尋ねると、いきなり、患者家族らが、「えらいことしてくれましたなあ。病気になったことのない元気な者に、利尿剤を大量投与して」と高圧的な口ぶりで凄んできました。
院長が、「病状が軽症から中等症で元気な老人であれば、タクシーかご家族の自動車で通常の外来時間に来院するのが一般的ですよ。医師が同伴で、酸素投与をしつつ救急車で転送になっていることから考えて、重症であったことは明らかでしょう」と言うと、患者家族らは、「おまえらは、自分のやったことを隠そうとしているのか!」、「こんなわけの判らん病院へ運ばれるんじゃなかった。せめて大学病院だったらこんなことにはならなかったのに・・・」と難癖をつけてきました。院長が、「ご希望の病院があれば、転院されますか。受け入れ先の病院が受け入れ可能であれば、超重症であっても転院は可能ですよ」と提案すると、患者家族の一人が、いきなり立ち上がって「おまえ、なに偉そうにしてるんや、その態度はなんや〜」と突然興奮し、院長に対して、手を振り上げて詰め寄ってきました。
他の患者家族が制止し、実際に殴られることはなかったものの、院長はいいようのない恐怖に苛まれました。
さらに、患者家族らは、「おまえ、今どんな状態か知ってるんか?患者の容態を診てもないのに偉そうに言うな〜、どんな状態か見て来い」と叫んだため、院長は、「今からICUに行って診察します」と言って、退席し、結局、予定手術に30分も遅れてしまいました。
(7)院長に代わって名誉院長が応接室に入った後、再び戻ってきた循環器科部長に対し、患者家族らが、「今までどこで何をしていた!謝罪文はどうした!?」、「主治医が非を認めているのに、お前は認めないのか?部長を返上して平医師からやり直せ!」、「医師免許を取り上げることもできるんだぞ!再教育してやる!」、「最低の人間だ!」、「へらへらしやがって、生まれつきそんな顔か!」などとさらに約2時間にもわたって罵詈雑言を浴びせ続けました。
名誉院長が、患者の容態に関する意見書を用意することで納得してくれないかと打診しましたが、患者家族らは、「謝罪文を書いて今日中に郵送してくれば、裁判はしない。内容が気に入らなければ、即、裁判手続きに入る」と凄み、非を認めて謝罪文を書くことを執拗に強要し続けました。
結局、カルテ開示の準備ができるまでの約4時間、主治医らは、常軌を逸した患者家族らの応対を余議なくされ続けました。
開示カルテのコピーを受け取る際も、患者家族らは「遅すぎる、金を取るのか、改ざんしているのではないか」など暴言を吐き、カルテ開示の実費すら支払いませんでした。
(8)その後の展開は次回にお話ししますが、患者は、治療の甲斐なく、心原性ショックから多臓器不全・播種性血管内凝固症候群(DIC)による下血・出血性ショックにて、ICUに転棟して1週間後に死亡されました。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第8回 掲載記事より(平成30年11月号・第45巻第11号 通巻593号・平成30年11月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))