Q9 とにかくまず謝罪しろと言われたら・・・(その2)
1、今回のご相談内容
前回に引き続き今回も、患者家族から「とにかくまず謝罪しろ」と言われて、やむを得ず主治医らが謝罪した結果、民事裁判を提起されただけでなく、刑事告訴にまで発展した事案について、取り上げたいと思います。
2、本件事案について
(1)謝罪の書面の発送
カルテ開示を受けた患者家族らが帰った後、その日の夕方から、主治医と循環器科部長は、院長や副院長、事務部長らとともに、院内で今後の対応について検討しました。
院長や副院長らは、「本件患者の診療に当たって主治医らに全く落ち度はないのであるから謝罪をする必要はない。単に経過をまとめたレポートを患者家族に送付したらよいのではないか」と主治医らに指示しました。しかし、患者家族らからさんざん罵倒され続け、心身ともに疲労困憊していた主治医と循環器科部長は、とりあえず、患者家族らの怒りを抑え、その場を取り繕いたいとの思いがあったこと、患者家族らから「きちんと謝罪すれば裁判にはしないから」と言われていたこと、患者家族の一人が同業者(医師)なのだから話せばわかるだろうという甘い考えがあったこと等から、患者家族らの気分を害したのであればその点を謝罪するという記載とともに、不本意ではあったが、事実無根ながらも患者家族らの意に沿うような内容(「利尿剤の投与に関し、高齢者に対する1日量としてはもう少し慎重になる必要があった」等)を含む報告書を作成し、同日深夜に速達で発送したのです。
結局、患者家族らの常軌を逸した言動により、主治医と循環器科部長は、本来、その日の午後に予定されていた別の患者に対するカテーテル検査ができませんでした。
(2)刑事事件のスタート
ICUに転棟してから1週間後、治療の甲斐なく、本件患者は死亡されましたが、患者家族らが警察に通報したため、ご遺体はそのまま警察に搬送され、司法解剖されることとなりました。
当職が本件について相談を受けたのは、それから数日後のことでした。
直ちに、警察対応が必要であると判断し、当職が主治医の刑事弁護人となり、循環器科部長には、同期の弁護士を紹介して、刑事弁護人に就任してもらいました。ここで、当職が主治医のみならず循環器科部長の刑事弁護人とならなかったのは、刑事事件において、被疑者が複数の場合、共犯者という扱いとなり、利益相反(罪のなすりつけあい)が生じるリスクがあることから、一人の弁護士が共犯者の弁護人に就任することができないからです。もちろん、本件の場合、主治医と循環器科部長との間に利益相反など生じる余地などあり得ないのですが、やはり、同一の弁護士が共犯者関係にある複数の被疑者の刑事弁護人となるわけにはいきません。そのため、協調関係を保ちつつ、利益相反のリスクも回避するため、当職と同期で気心の知れた弁護士を循環器科部長に紹介して刑事弁護人に就任してもらったというわけです。
そして、本件患者が死亡されてからわずか1ヵ月半後、主治医と循環器科部長は、患者家族らから、業務上過失致死容疑で刑事告訴されるに至りました。
刑事告訴された後、主治医と循環器科部長は、多忙な日常診療業務の中、何度も警察から事情聴取を受けることとなり、その準備に忙殺されることとなりました。
そのため、主治医は、その後、精神的ショックのため、約半年間に渡り、救急患者を診ることができなくなり、救急外来職務から外れざるを得なくなりました。循環器科部長は、学会発表の準備ができない状態となり、明らかに本来業務に支障をきたす状況を強いられることとなりました。
(3)民事事件のスタート
さらに追い打ちをかけるように、本件患者が死亡されてから1年後、今度は、患者家族らの代理人弁護士から、病院、主治医及び循環器科部長に対し、利尿剤の過剰投与により本件患者を死亡させたとして、約4000万円の支払いを求める旨の催告書が届きました。刑事事件とは異なり、民事の場合、病院、主治医及び循環器科部長が相互に利益相反を生じないという確約の下、一緒に戦うべく同一の弁護士が複数の当時者から委任を受けて代理人となることは可能です。そのため、当職が病院、主治医及び循環器科部長(以下、「病院側」といいます)の代理人として、交渉に当たることになりました。
もちろん、交渉と言っても、本件の場合、病院側が患者家族らにお金を払って和解をするという余地はありません。それゆえ、上記催告書に対し利尿剤の投与に関し、主治医らに全く落ち度はなく、利尿剤の投与とは全く関係のない病死であること、それにもかかわらず、本件患者急変時に主治医らは、利尿剤の過剰投与があったと医学的根拠のない決めつけをされて患者家族らから恫喝された上に、本件患者死亡後に刑事告訴までされたことについて抗議する内容の回答書を送りつけました。直ちに交渉決裂となったわけです。
そして、当職がその回答書を送ってから4ヵ月後、患者家族らは、病院、主治医、循環器科部長に対し、損害賠償請求訴訟を提起するに至りました。
つまり、刑事事件も民事事件も同時並行で進行することとなったわけです。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第9回 掲載記事より(平成30年12月号・第45巻第12号 通巻594号・平成30年12月1日発行・編集・発行 株式会社クリニックマガジン)