Q10 とにかくまず謝罪しろと言われたら・・・(その3)
1、今回のご相談内容
前回、前々回に引き続き、今回も、患者家族から「とにかくまず謝罪しろ」と言われて、やむを得ず主治医らが謝罪した結果、民事裁判を提起されただけでなく、刑事告訴にまで発展した事案について、取り上げたいと思います。
2、泥沼の法廷闘争へ
(1)民事裁判での争い
患者家族らの代理人となったのは、患者側弁護士の第一人者と言われている弁護士でした。第1回目の裁判期日の直後、裁判所の廊下で、当職はその患者側弁護士に対し、本件は医学的に全く問題はないこと、主治医らは患者家族から謝罪を強要されたことを説明しましたが、その患者側弁護士は、「見解の相違である」と全く聞く耳を持ちませんでした。利尿剤を使いすぎて脱水で死亡させたという見解に凝り固まっているようでした。
その患者側弁護士は、当職よりもはるかにキャリアがあり、そのためか、訴訟進行においても若干、上から目線で、「そもそも医療過誤訴訟では、通常、こうすべきだ」等、良く言えば教育的視点でモノを言ってくるところがあり、正直、不愉快でした。当時の担当裁判官もその患者側弁護士に一目置いているのか、そのような患者側弁護士の態度に迎合的でした。
しかしながら、医療訴訟において重要なのは、いかに正確な医学的観点からの知見を確保できるかであって、それに尽きるのです。ですから、患者側弁護士がどれほどキャリアを積んでいようが、関係ないのです。要は、当該事案においてどれだけ医学的観点から正しい議論ができるか、そのために、専門的知見を有する協力医が確保できるかが勝負なのです。もちろん、当職のように医療者側弁護士であれば、協力医を探すことにさほどの苦労はありません。そもそも依頼者が医療者ですから、依頼者自身が協力医を探してくれるからです。しかしながら、患者側弁護士が患者側に協力してくれる医師を探すのは、至難の業です。そもそも、医療者が訴えられているわけですから、その医療者を敵に回すような医療者は圧倒的に少ないからです。そのため、患者側弁護士は、ありとあらゆる手段を使って協力医を探されているようです(聞くところによると、若い頃から研修医と仲良くなったり、中高の同窓生で医師になった友人の伝手をあたったりするそうです)。その意味で、患者家族に医師がいるということは、患者側弁護士にとっては、非常に心強かったはずです。もしかしたら、それが慢心につながったのかもしれませんが・・・。
(2)反訴提起
このように、刑事事件と民事事件が同時並行で進行することとなったわけですが、もちろん、病院側としては、一切、落ち度がないにもかかわらず、患者家族らから脅され、義務なき謝罪を強要され、挙句、本来業務に著しく支障をきたしたわけですから、ただ防戦するだけでは納得がいきません。
そこで、民事訴訟が提起されてから8か月後、院長、循環器科部長及び主治医は、患者家族らから、このような医学的根拠の全くない、いわれのない誹謗中傷を受けたことにより、多大なる精神的苦痛を被ったとして、患者家族らに対し慰謝料として100万円を請求する反訴を提起しました。
患者家族らは主治医らに対し、4000万円の訴訟を提起していることに比べると、反訴請求としての慰謝料100万円は若干低すぎるかもしれませんし、もちろん、主治医らが受けた精神的苦痛は計り知れず、100万円程度で慰謝されるはずはありません。しかしながら、問題は金額の多寡ではなく、医療者側が患者家族らに対し、反訴を提起したということ自体が重要なのです。それだけ、本件患者家族らの言動がとんでもないのだということ、正真正銘のモンスターペイシェントであるということを裁判所にアピールすることがポイントなのです。
もちろん、反訴提起を受けた患者家族らに対しては、火に油を注ぐようなことだったかもしれません。本来、この病院を信じて、担当医を信じて、病気を治すという共通の目的に向かって、患者と医療者とが信頼関係を構築して治療を行っていくのが医療のあるべき姿です。それにもかかわらず、患者家族が医師を訴え、医師も患者家族を訴えるということは、異常事態です。実際、反訴提起をすることにつき、主治医は若干躊躇していたかもしれません。しかしながら、医療者側に一切の落ち度がないにもかかわらず、民事訴訟のみならず、刑事告訴までされているのです。医療者側に一切の落ち度がない事案において、相手方が司法の場で決着をつけることを選択した以上、徹底的に戦って勝たなければいけないと思います。そうでないと、医療の萎縮が生じてしまうからです。その意味で、患者側の言動が常軌を逸しているようなケースの場合、反訴提起をすることにより、断固として戦う姿勢を表明するということは、非常に重要なことだと思います。
このように、本件事案は、泥沼の法廷闘争に持ち込まれたわけですが、なんと反訴提起後、わずか3か月で、あっけない幕引きとなりました。反訴提起が奏功したのかはいまだ謎ですが、次回はその顛末についてお話します。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第10回 掲載記事より(平成31年1月号・第46巻第1号 通巻595号・平成31年1月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))