Q11 とにかくまず謝罪しろと言われたら・・・(その4)
1、今回のご相談内容
引き続き今回も、患者家族から「とにかくまず謝罪しろ」と言われて、やむを得ず主治医らが謝罪した結果、民事裁判を提起されただけでなく、刑事告訴にまで発展した事案について、取り上げたいと思います。
2、あっけない幕引き
(1)民事裁判が始まって約8か月後、本件患者が死亡してから約2年3か月後、主治医らは反訴提起しましたが、そのさらにわずか3か月後、民事裁判のみならず刑事事件もあっけない幕引きとなりました。当職が患者側弁護士の力量を感じたのは、その引き際の良さだけでした。
(2)患者側は、民事裁判において、一貫して、利尿剤の過量投与という過失により、本件患者は脱水、腎機能不全に陥り、循環血液量減少性及び心原性ショックで多臓器不全により死亡したと主張していました。
これに対し、医療者側は、主治医は、胸水、うっ血があって重症心不全の患者に対し、利尿剤を投与するという循環器内科においてごく一般的に行われている通常の治療を行っただけであって、利尿剤の過量投与の事実はなく、主治医の治療行為に過失もなければ、死亡との間の因果関係もないと反論しました。なお、病院では、本件患者死亡直後に外部の専門医6名を招聘して症例検討会を実施していました。その専門医6名それぞれに作成していただいた意見書6通を全て証拠として提出しました。
(3)刑事事件の関係では、ちょうど民事訴訟が提起された頃、警察に探りを入れたところ、既に司法解剖の鑑定書が警察に提出されており、死因は「悪性リンパ腫に基づく多臓器不全」と結論づけられているという情報を得ました。
警察の話では、病名が「重症心不全」から「悪性リンパ腫」に変わったということで、その当時「悪性リンパ腫」を知り得たのか否かにつき専門医から意見を聞いているところであるとのことでした。
そして、警察からその情報を得た約半年後(本件患者が死亡してから約2年2か月後)、主治医と循環器科部長が書類送検されました。
直ちに、担当検事に面談を申し入れ、主治医らを伴って、検察庁に出向きました。担当検事は女性でした。その女性検事は厳しい口調で、救急搬送されてわずか2週間で死亡するような悪性リンパ腫に罹患していたにもかかわらず、それに気づかなかった点に問題があるのではないか、非常に疑問が残るので、その点の追加捜査をするとのことでした。
さらに、その数日後、主治医及び循環器科部長に対する検事の取り調べがそれぞれ実施されました。検事は、取調室で鑑定書を読ませた上で、「救急搬送後わずか2週間で死亡に至るような悪性リンパ腫に罹患していたにもかかわらず、なぜ診断が付かなかったのか」という点にフォーカスして追及してきたそうです。それに対し、主治医と循環器科部長は、悪性リンパ腫は本来慢性疾患であるにもかかわらず、鑑定書にはその発症時期が「死亡前の1〜2ヶ月前後の比較的短期間」と記載されており、その点、特異であること、加えて、救急搬送後2週間で死亡するような末期状態なら、もっとやせ衰え、慢性疾患の末期を疑わせる表在リンパ節腫脹、グロブリン上昇やLDH上昇などがみられるはずであるが、臨床経過の中でそのような悪性リンパ腫を疑わせる所見が一切なく、各種画像診断でも(鑑定書で指摘されている)リンパ節腫脹や心外膜の腫瘍が見つからず、悪性リンパ腫が死因であることは、司法解剖により初めて判明したものであると説明して、供述調書にもその旨、明記してもらいました。
(4)主治医らとしては何としてでもその鑑定書を手に入れて、民事裁判でも証拠として提出したいところでしたが、残念ながら、警察は鑑定書を医療者側に渡すことはありません。
ただ、本件の場合、患者家族の中で大学病院の教授である息子が、たまたま鑑定人と懇意であったとのことで、患者側が民事裁判における正式な手続き(文書送付嘱託)により、鑑定人から入手した鑑定書を証拠として提出してきました。
そして、患者側は、検事が問題としていた点(なぜ悪性リンパ腫との診断がつけられなかったのか)については一切触れず、直ちに民事訴訟の取下げの意向を表明しました。反訴提起をした直後のことでした。この時ばかりは患者側弁護士の力量を垣間見た思いでした。
ただ、その患者側弁護士がいくら説得しても、患者家族は刑事告訴の取下げを拒んだそうです。そこで、双方弁護士間で協議の結果、刑事告訴が嫌疑不十分で不起訴となったことを確認した上で、民事訴訟の本訴と反訴を同時に取下げることを内容とする訴訟上の和解が成立しました。
(5)こうして、刑事事件も民事裁判もほぼ同時に、医療者側の完勝で終結となりましたが、既に本件患者が死亡してから約2年半が経っていました。
その間、医療者側、特に主治医と循環器科部長は刑事告訴され、被疑者としての立場に置かれたわけですから、その精神的ストレスは計り知れないものがあったことと思います。
謝罪で物事は解決しないという教訓を得ていただきたいと思い、この事案を取り上げた次第です。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第11回 掲載記事より(平成31年2月号・第46巻第2号 通巻596号・平成31年2月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))