Q13患者が特別個室に居座って出て行ってくれません。どうしたらいいでしょうか?
1、今回のご相談内容
前回予告したとおり、今回は、「特別扱い」が如何にヤバいかについてご説明します。
以前、ある地方の総合病院から受けた相談です。その病院では、数年前に主治医のミスにより医療事故が発生したため、医療的に必要ではなかったものの、特別個室を無料で提供することにしたそうです。患者さんには軽い障害が残りましたが、既に、症状固定し、退院できる状態であるにもかかわらず、自宅はバリアフリーになっていないからという理由で、退院してくれない上に、その特別個室を自宅代わりに数年間に渡り占拠し続けており、ますます要求がエスカレートしてしまっているので、どうしたらよいのかというのがご相談内容でした。
2、特別個室の料金は医療過誤による損害には含まれないこと
主治医のミスにより医療事故が発生した場合、患者さんやその家族から時として激しい怒りをぶつけられることがあるかと思います。時には、「訴えてやる!」「警察に通報してやる!」と言われることもあるかもしれません。そのような場合、医療者側としては、何とか、患者さんやその家族の怒りを抑えて事を収めなければという意識が働き、良かれという想いから、あれこれ心を尽くそうとされることと思います。
今回のご相談内容もまさに、その一環として、良かれと思って、特別個室を無料で提供したというケースです。
なお今回は、主治医のミスによる医療事故が発生したわけですから、いわゆる医療過誤の事案です。したがって、医療者側としては、その医療ミスと因果関係のある損害を賠償する責任があります。裏を返せば、損害賠償責任を負う範囲は、あくまで医療ミスと因果関係のある損害に限られるのであって、それ以上ではありません。
具体的には、医療ミスによる健康被害が生じた場合、それにかかった治療費に加えて、医療ミスにより延長された入院期間・通院期間に応じた休業損害、入通院慰謝料、入院雑費、交通費も損害として計上されます。あと、患者さんに軽い障害が残ったということですから、その障害の程度に応じた後遺障害慰謝料や逸失利益が損害として算定されることになります。
このように、医療過誤が発生した場合、その結果、発生した損害については、それぞれの項目に応じた損害が算定されることになります。
しかしながら、今回、医療者側が良かれと思って提供した特別個室については、医療的に必要なものでもありませんから、本来、患者さんが負担するべきものです。確かに心情的には、医療ミスがあったからこそ患者さんに特別個室を提供したのですから、その特別個室代は、医療ミスと因果関係があるかのように思われがちですが、それは、風が吹けば桶屋が儲かる的な話であって、法的には因果関係はありません。つまり、特別個室の代金は、医療過誤の結果発生した損害には含まれないのです。それにもかかわらず、医療ミスがあったからといって、特別個室を無料で提供するという行為は、まさに、「特別扱い」ということです。
3、「特別扱い」は禁忌
今回のケースのように、医療ミスがあったからといって、「特別扱い」をすることは禁忌です。一旦、「特別扱い」を始めてしまうと、今回のケースのように、患者側の要求がエスカレートしてしまうからです。今回のケースでは、患者側が、特別個室に大型冷蔵庫や電子レンジ、挙句、個別のクーラーの設置まで要求してきました。そして、信じられないことに、その都度、病院側は、患者側の要求に応じてきたというのです。そうなると、患者側の要求はますますエスカレートし、既に退院できる状態まで回復しているにもかかわらず、その特別個室をあたかも自宅代わりに数年間にも渡り占拠して、退院しないという事態になってしまったのです。当然、看護師さんに対する要求も度を越したものとなり、その結果、病棟全体が疲弊してしまってどうしようもなくなってしまった挙句のご相談でした。
そのような事態に陥ってから、ようやく毅然とした態度で患者側に対応したとしても、患者さんは既にモンスター化しているわけですから、余計紛争が激化することになります。
仮に医療ミスがあったとしても、「特別扱い」することは絶対に禁忌です。もちろん、医療ミスがあった場合は、きちんとその事実を認めて謝罪をした上で、医療ミスと因果関係が認められる限度での損害賠償責任を負う必要はあります。しかしながら、それを超えて、「特別扱い」などする必要など一切ないのです。
良かれと思って、患者さんを「特別扱い」し、患者さんの怒りをかわしたつもりでも、それがかえって、後々患者さんをモンスター化させてしまいます。このように、医療ミス直後の対応を間違えると、紛争がかえって長引くこととなり、医療者側にとっても、患者さん側にとっても不幸な事態となるわけです。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第13回 掲載記事より(平成31年4月号・第46巻第4号 通巻598号・平成31年4月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))