Q14「薬を返すので、薬代を返金して欲しい」と言われたら?
1、今回のご相談内容
どういうわけか、最近、立て続けに、複数の医療機関から「『薬を返すので、薬代を返金して欲しい』と言われましたが、どうすればいいでしょうか?」という類のご相談を受けました。
ご相談のケースは様々です。例えば、主治医が患者さんから、「薬が効かないから、薬を変えるというのであれば、これまで使っていた薬が無駄になる。余っている薬を返すので、薬代を返して欲しい」と言われた(ケース①)り、あるいは、患者さんが診療時間外に突然押しかけてきて、「腸炎だということで長期間にわたって同じ薬を飲み続けていたが、一向に良くならない。おかしいと思って別の病院に行ったところ、膵癌だと言われた。誤診なので、余っている大量の薬が無駄になった。せめて薬代を返してほしい」と言って実際に受付に薬を置いて帰ったが、どうしたらよいのか(ケース②)といったご相談でした。
2、薬の返却を受け付けるのは禁忌
ケース①の場合、主治医は、患者さんから「薬を返すので、薬代を返して欲しい」と言われた際、「私個人では判断できないので、確認してみます」と一旦保留にしたそうです。
確かに、どう対処すればいいか自分で判断できない場合や即答できない場合、間違った回答をするよりも一旦保留にする方がベターではあります。
しかしながら、ケース①の場合、後に紛争化した時には、患者さんの言い分は「主治医は薬代を返してくれると言った」という具合に話がすり替わっていました。つまり、主治医としては、あくまで一旦保留にしただけなのですが、一旦保留にしたがゆえに逆に患者さんの期待値があがってしまったのか、記憶のすり替えが起こってしまったようです。
ただ、一旦保留にするだけではなく、取りあえず薬を預かってしまうという対応は、最悪です。なぜなら、その後、その薬を医療機関側が預かり続けないといけなくなるからです。
ケース②の場合は、その最悪のケースです。確かに、患者さんが勝手に置いていったのですから、医療機関側が自発的に預かったわけではありません。
しかしながら、患者さんの意図としては、あくまで薬代を返金して欲しいということですから、置いていった薬の所有権を放棄したわけではありません。
つまり、たとえ患者さんが薬を置いていったからと言って、直ちに薬の所有権を放棄したと評価できるわけではありませんので、医療機関としては、事務管理(民法697条)として、保管し続けなければならないことになります。
そもそも、一旦処方し、調剤して、患者さんが持ち帰った薬は、たとえ、その後、治療方針が変わって、服用する必要がなくなっ場合であっても、医療機関がその返却を受け付けるのは禁忌です。つまり、薬の調剤は、商店で商品を購入するといった通常の売買契約ではなく、健康保険上も「療養の給付」として、一旦、実施された診察や治療と同じく、調剤しなかったことにはならないので、そもそも返品して返金するということができない性質の行為です。さらに、一旦、患者さん側に渡された薬は、品質管理の観点からも、他の患者さんに再利用できません。
いずれにしても、通常の売買契約を解除するという場合と同じような取扱いができる性質のものではないのです。
薬の返品、薬代の返金ができないということについては、薬剤師の方々や調剤薬局では、当然のこととして、十分理解されているようです。実際、ケース①やケース②の場合、いずれも、患者さんは、まず、調剤薬局に余った薬を持ち込んで、薬代の返金を要求されたようですが、いずれも断られたために、主治医や病院に薬の返品と薬代の返金を要求してきたようです。
したがって、ケース①の場合、主治医としては、「私個人では判断できないので、確認してみます」と一旦保留にするのではなく、はっきりと「できません」と断って、門前払いにするべきだったのです。
3、誤診の場合はどう対処するのか?
ケース②の場合、患者さんは「誤診」だと主張して、薬代の返金を求めています。実際、別の病院に行って膵癌の確定診断がついたということであれば、当初の診断(腸炎)は結果的には間違っていたということになるのかもしれません。しかしながら、果たして、当初、腸炎と診断した時点で、膵癌の診断ができたのか、そもそも当初から膵癌を疑わせる所見があったのかどうかが問題となります。
もちろん、当初から膵癌を疑わせる所見があったということであれば、誤診、つまり医療過誤ということになり、その場合、患者さんに対しては薬代のみならず誤診に基づいて発生した損害について賠償責任が生じます(なお、この場合も、薬代を返金するということではなく、患者さんに対する薬代相当の損害を賠償するということになります)。
しかしながら、ケース②の場合、調査の結果、当初、腸炎と診断した時点で膵癌を疑わせる所見はありませんでした。ということは、たとえ事後に膵癌の診断が付いたからといって、当初の診断が医療過誤という意味での誤診に当たらないということになります。
いずれにしても、事後的に当初の診断(腸炎)と異なる疾患(膵癌)の確定診断が付いたからといって、直ちに全て「誤診」ということにはなりませんので、くれぐれも安易に「誤診だから、薬代を返金します」といった対処をしないようにしてください。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決~医療者側弁護士による法律相談室~』シリーズ第14回 掲載記事より(令和元年5月号・第46巻第5号 通巻599号・令和元年5月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))