大阪市北区西天満4丁目10番4号
西天満法曹ビル601号室
水島綜合法律事務所 - Q&A

Q&A

Q15 診療拒否の立て看板を立てたいのですが?

1、今回のご相談内容
 先日、ある開業医の先生から、「クリニックマガジンで水島先生の書かれたコラムを読みました。なんだか混沌とした気持ちになりました。実際の臨床現場で、水島先生が書かれているような医療者と患者との間の揉め事がまさか本当にあるなんて・・・。まるで小説のような、とても現実のこととは思えなくて・・・。そう思うと、その先が読むのが怖くなりました。怖いもの見たさで、最後まで読んでしまったのですが・・・。」というご感想をいただきました。この連載を読んでいただいた上に、ご感想までいただき、ありがとうございます。このコラムでご紹介しているケースは、いずれも当職が実際にご相談を受けた事案がベースとなっています。ただ、もちろん、守秘義務がありますから、さすがに実際の生の紛争事案をそのままご紹介するわけにはいきません。そのため、若干オブラートに包んだ上で、事案の具体的内容もモディファイしています。ということは、実際の生の紛争事案は、むしろもっとえぐいことになっているのです。ですから、このコラムでご紹介している紛争事案は、決して、架空のことではなく、むしろそれ以上に酷いことが現実に起こっているというわけです。
 さて、本題に入りましょう。
 今回は、迷惑行為を繰り返す患者対策として、ある総合病院の医療安全管理室から受けたご相談です。その病院では、日々、迷惑行為を繰り返す患者が多くて困っているということで、病院の正面玄関に、「迷惑行為を繰り返す患者さんの診療を拒否します!!」といった診療拒否の立て看板を出そうと思うんですが、法的に問題ありませんかというご相談です。
2、診療拒否の立て看板はむしろ病院スタッフの意識改革のため
 ご相談の趣旨は、医師法19条1項の応召義務との関係で法的問題はないかということでした。本コラムの第3回「モンスターペイシェントから「応召義務だろ!」と言われたら?」でご説明したとおり、「応召義務」(医師法19条1項)はモンスターペイシェントの根拠条文になってしまっているというのが現状です。他方、医療者側は医師法19条1項違反になることを過度に恐れるが余り、モンスターペイシェントに対してまで迎合的な対応していることが多いように思います。結局、医療者側はこの「応召義務」(医師法19条1項)に縛られた結果、疲弊しきってしまっているのです。
 もともと患者が医者のことを「お医者様」と呼んでいたことの反動なのか、かつて医療現場では、患者のことを「患者様」と呼ぶように指導されていた時代がありました。そもそも、医療者と患者は対等の関係ですから「患者さん」と呼ぶべきであって、「患者様」なる呼称は明らかにおかしいです。ただ、今でも、その名残か、病院の入り口付近に「患者様の権利」なる掲示がされているケースも散見されます。「患者様」と呼ぶか「患者さん」と呼ぶかは、単なる呼称にすぎないので大した違いはないのかもしれませんが、そういった些細なことの積み重ねで、医療従事者が毅然とした態度が取れなくなり、その結果として迷惑患者に対しても、弱腰で迎合的な態度を取りがちなのかもしれません。
 「応召義務」(医師法19条1項)を錦の御旗として迷惑行為を繰り返すモンスターペイシェントのせいで、医療者側がこれ以上、疲弊しないためには、まずは医療者側の意識改革を図る必要があると思います。
 つまり、医療者側はどのような規模の施設であっても、チーム医療で動いているわけですから、どうしても、その時々に誰が患者対応をするかによって、病院の対応がまちまちになることは避けられません。
 ただ、迷惑行為を繰り返す患者に関しては、病院の対応がその都度異なってしまうと、付け入る隙を与えてしまい、紛争化の種を作ってしまうことがあります。たとえば、「○○科の●●看護師は▲▲▲してくれたのに、■■看護師は▲▲してくれない。」といった日々の些細な事の積み重ねがモンスター化させるきっかけとなってしまうのです。
 迷惑行為を繰り返す患者に対しては、病院としてどう対応するのかという方針を決定したうえで、その方針を病院スタッフ間できっちり共有しておくことが必須となります。
 もちろん、「迷惑行為を繰り返す患者さんの診療を拒否します!!」といった診療拒否の立て看板を掲示したからといって、例えば大声を出したら直ちに診療拒否できるということには流石になりません。ただそういった掲示をすることにより迷惑患者の診療を拒否するというのがこの病院の方針であるということを明確に打ち出すことで、「我慢しなくていいんだ」という意識をスタッフ間で共有することができるのです。診療拒否の立て看板を設置することは、その場その場で対応することになった医療スタッフが、「患者様なのだからこれくらいは我慢しなければいけない」と迎合的に対応してしまい、その結果、過剰なストレスにさらされることを防止するための防波堤的効果が期待できるのではないかと思います。
 実際、先日あまり治安が良ろしくないとされている地域の病院に出向く機会がありましたが、なんと、正面玄関入り口に大きくアニメーションを交えてハッキリと「次のような迷惑行為をした患者に対しては、診療拒否します!」と明示された掲示板が設置されていました。さすがお土地柄だなぁと思いましたが、その病院のスタッフを守るんだという病院の心意気を感じた次第でした。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第15回 掲載記事より(令和元年6月号・第46巻第6号 通巻600号・令和元年6月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

©Copyright 2007 Mizushima Law Office all rights reserved.