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水島綜合法律事務所 - Q&A

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Q16 医師法21条の異状死体の届け出をめぐる議論について〜その1

1、今回のご相談内容
 医師法21条は「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定しています。この医師法21条に基づく異状死体の届け出義務に関しては、「『異状死』とはどういう場合をいうのか?」、「平成27年10月1日から医療事故調査制度がスタートしたのだから、もう異状死体の届け出は必要ないのではないか?」等々、日々、複数の医療関係者からご相談を受けます。
 『異状死』とはどういう場合をいうのかという議論については、平成26年6月10日に国会(参議院厚生労働委員会)において時の厚生労働大臣が厚労省の解釈(詳細については後述のとおり)を示したことで、既に決着がついたものとばかり思っていました。そのため、医師法21条についてご相談を頂いた際は、いつも、「厚労省の見解は『外表異状』の有無で判断するということです」とアドバイスしてきました。
 ところが、どうやら最近、また議論が再燃したようですので、今回から複数回にわたり、医師法21条の異状死をめぐるこれまでの議論について、できる限り分かりやすく整理してみたいと思います。なお、この議論に関しては、かなり複雑な事情が絡み合っており、根深いものがあるようですが、ここでは、極力難しいお話は抜きにして、当職の私見も交えつつ、あくまで概要をご紹介する程度にとどめたいと思います。
2、医師法21条をめぐる議論の発端〜日本法医学会「異状死ガイドライン」
 そもそも議論の発端となったのは、平成6年5月に日本法医学会が作成した「異状死ガイドライン」です。
 この「異状死ガイドライン」では、「異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている。基本的には、病気になり診療をうけつつ、診断されているその病気で死亡することが『ふつうの死』であり、これ以外は異状死と考えられる」とした上で、異状死体を、「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」と定義づけました。
 このように日本法医学会の「異状死ガイドライン」は、異状死の解釈をあえて広義にとらえる必要があるという考え方であり、「診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」も異状死に含まれると規定しました。
 つまり、原因不明の通常の医療関連死についても、異状死として警察へ届け出る義務があるとしたわけです。
 なお、日本法医学会は、このガイドラインの狙いについて、平成14年9月に「『異状死ガイドライン』についての見解」を発表しています。それによると、「診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合は医療過誤であるかどうかはともかく、将来紛争になる可能性が高い。その際に正当な届け出がなされていないことは(解剖が行われているか否かは別として)、紛争の解決に大きな障害となる可能性が高いと言わざるを得ず、また事後に捜査対象となる可能性が高い」、「医療者自らが、第三者である警察に届け出、その判断を待つという姿勢を示すことこそ、患者・国民の医療への信頼を高める道である」とのことです。
 つまり、日本法医学会は、あらゆる診療行為関連死を警察に届け出ることによって、透明性、中立性、公平性を確保し、遺族の理解を得るべきであると考えているわけです。
3、警察は医療の素人である上に、司法解剖では分からないことの方が多いこと
 残念ながら、異状死の解釈を広義にとらえることにより、あらゆる診療行為関連死を警察に届け出ることにより透明性、中立性、公平性を確保しようという日本法医学会「異状死ガイドライン」の考え方は、全くのお門違いです。
 普通に考えたらわかることですが、異状死体の届け出先は警察であり、届け出をした時点で医療者個人が刑事手続きに巻き込まれることになります。届け出をした直後に病院に屈強な警察官が多数駆けつけ、病棟が騒然となったケースもあります。そもそも、警察は医療の素人です。素人には任せても医療の是か非か、間違った医療が行われていたのかどうかなど分かるはずがありません。
 そして、何よりも、警察に届け出た場合、実施される解剖は司法解剖です。残念ながら、警察では、病理解剖は実施されません。しかし、医療関連死の場合は、むしろ病理解剖を実施しないとわからないことの方が多いですし、実際、当職が担当した事案でも、警察担当者の方から「司法解剖では何もわからないので、病理解剖に回してくれた方がよかったのに。」と言われたことがあるくらいです。
 それに何よりも医療従事者が刑事手続に巻き込まれること自体、医療従事者個人にとっては、ものすごいストレスとなります。一旦刑事手続きに巻き込まれると、事案によっては身柄事件として医療従事者の逮捕に至ることもありますし、在宅事件となった場合は、警察や検察の判断が出るまでに数年を要することになります。実際、当職が担当した術後合併症による死亡事案では、担当医が嫌疑不十分で不起訴処分となるまでに9年近くかかった事案もあります。業務上過失致死罪の公訴時効は10年間ですから、その担当医は実に公訴時効完成直前まで被疑者としての立場を強いられる結果となったわけです。
 日本法医学会「異状死ガイドライン」は、何でもかんでも異状死として届ける出るという考え方ですが、それは、すなわち何でもかんでも刑事事件にして、医療従事者を次から次へと長期間にわたる刑事手続に巻き込ませるということを意味しているのです。その辺のことをきちっと理解せず、異状死にあたると簡単に判断しては絶対にダメです。

次回は、この日本法医学学会「異状死ガイドライン」を発端として、医師法21条をめぐって、どのような議論が展開されていったのかについてお話させていただく予定です。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第16回 掲載記事より(令和元年7月号・第46巻第7号 通巻601号・令和元年7月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

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