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水島綜合法律事務所 - Q&A

Q&A

Q18 医師法21条の異状死体の届け出をめぐる議論について〜その3

1、今回のご相談内容
 今回で、このテーマは3回目となりますが、現在進行形で、まさにこの原稿を書いているたった今、顧問先の病院から「外因死ということで警察に届け出をして、今、警察に来てもらっています。まずは水島先生にご一報です。」という、とんでもない電話がかかってきました。
 「えっ?異状死ですか?」と尋ねると、「外因死ということなので、広い意味で異状死だということになるかと・・・」という回答でした。「どうして、外因死なら異状死なの?」と重ねて尋ねても、「異状死というか、外因死なので、取りあえず警察に届け出たということで・・・」と繰り返すばかりでした。「ご一報って、遅すぎますよ。警察に届け出をする前にまずご連絡いただかないと。警察が来てしまった以上、もう手遅れですよ。」とたしなめると、ようやく事の重大性を認識されたのか、「あ、はい。すみません。」と言うばかりで、さらに「患者さんの名前は?」と尋ねても、「あ、はい。あ、ちょっと今、何もわからないので。」とのことで、よほどパニックになっているのか、それ以上、何も答えられなくなりました。思わず、「今、せっかくクリニックマガジンで連載しているのだから、私のコラムを読んでよ!」と叫びたくなりました。
 日頃から、その病院の医療安全室の担当者には、異状死か否かの判断基準は、外表異状の有無であるということを十分レクチャーしていたのですが、どうやら警察に届け出をしたのは、担当医本人とのことで、医療安全管理室には事後報告だったそうです。担当医によると、「外因死=異状死」と法医学で学んだとのことで、現場の医師の大半はそう思い込んでいるとのことでした。しかしながら、警察に届け出をしたら、その後、どうなるのかということまで考えが及んでいなかったとのことです。事故当日、直ちに警察がやってきて、黙秘権を告知された上で事情聴取され、供述調書も作成されたとのことでした。その際、担当医自らが警察の事情聴取で、「医療ミスがあった」と申告しているとのことでした。仮に医療ミスがあったからとしても、警察への届け出義務などありません。それにもかかわらず、警察へ医師法21条に基づく届け出をした以上、警察としても、捜査をせざるを得ないということになり、直ちに司法解剖にまわることになりました。結局、担当医自ら、業務上過失致死罪で「自首」した形となり、自ら進んで業務上過失致死罪の被疑者であると名乗りを上げたことになるわけです。あまりにもタイムリー過ぎて、愕然としました。まだまだ現場では、医師法21条の理解が十分でないことを痛感しました。
2、福島県立大野病院事件
 前回に引き続き、医師法21条をめぐる議論のその後の展開についてお話させていただきます。
 福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性を失血死させたとして、産科医が業務上過失致死罪や医師法21条違反に問われていた事件(福島県立大野病院事件)で、福島地方裁判所は、平成20年8月20日、産科医に対し、無罪判決を言い渡しました。
 判決要旨によると、医師法21条の異状死体の届け出義務違反に関し、福島地方裁判所は、「医師法21条にいう異状とは、同条が、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にしようとした趣旨の規定であることに照らすと、法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が、診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである。(中略)本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、本件が、医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない。」として、無罪を言い渡しました。
 この福島地裁の判決要旨によりますと、広尾病院事件の最高裁判決で明言された「外表異状説」とは、若干、毛色が異なるように思われます。つまり、福島地裁は、「過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果」という表現をしていますので、もし、診療行為に過失があった場合、すなわち医療過誤の場合は医師法21条の届け出義務があると考えているようにも読めるからです。
 なお、検察が控訴を断念しましたので、この福島地裁の判決が確定することになったわけですが、福島地裁はいわゆる下級審であり、最高裁ではありませんので、この福島地裁の裁判例に最高裁と同様の先例拘束性が認められるわけではありません。
 このように、医師法21条をめぐっては、最高裁判決で「外表異状説」が明言されたにもかかわらず、下級審において、若干ブレがあるわけですから、現在進行形で議論が錯綜するのはやむを得ないのかもしれません。
 特に、未だに、法医学会のスタンスは根強いものがあるようです(実際、当職自身もここ最近、医師法21条をめぐって、法医学会の重鎮である教授と激しい議論をした経験があります)。
3、参議院厚生労働委員会における田村厚生労働大臣の答弁
 このような混乱の状況を踏まえて、平成26年6月10日、当時の田村厚生労働大臣が国会の答弁で異状死に関する質問を受けた際、医師法21条の解釈について、「医療事故を想定しているわけではない。これは法律制定時より変わっていない。」と答弁しました。さらに最高裁判所平成16年4月13日判決(広尾病院事件)は、「外表を検案して、異状と認めた場合」、いわゆる外表異状説で判断しており、外表異状説が厚労省の解釈であると明言したわけです。
 その段階で事実上、異状死体の定義に関する議論の混乱が収束したと思っていましたが、そうはいかなかったことについて、引き続き次回にお話させていただきます。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第18回 掲載記事より(令和元年9月号・第46巻第9号 通巻603号・令和元年9月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

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