Q19 医師法21条の異状死体の届け出をめぐる議論について〜その4
1、今回のご相談内容
前回は、医師法21条をめぐる議論が時の厚生労働大臣の国会での答弁で収束したかと思われた、というところまでお話ししましたので、今回は、その後、再びこの議論が再燃した経緯についてお話しします。
2、「独立行政法人国立病院機構における医療安全管理のための指針」(平成27年9月9日付)について
かつて、医療崩壊を加速させた一因となった厚生省保健医療局国立病院部作成の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」は、独立行政法人化した後も実質踏襲された結果、担当医が業務上過失致死罪の被疑者の立場に置かれて苦悩しているケースが実際にあるということについては、前々回にご説明したとおりです。
改正医療法が施行されたことを背景として、独立行政法人国立病院機構でも指針の見直し作業が進められました。当職としては、さすがに、厚生労働大臣が国会で外表異状を明言した以上、医師法21条に関する指針は大幅に改定されるべきこと、できれば、外表異状で判断する旨、明記されるべきことを強く期待し、要望しました。
しかしながら、ふたを開けてみると、「独立行政法人国立病院機構における医療安全管理のための指針」(平成27年9月9日付)では、「警察への届け出 医療法に基づき、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間内に所轄警察署に届出を行うものとする。」と記載されるにとどまりました。つまり、単に医師法21条の条文がそのまま指針に記載されただけでした。
医師法21条の解釈が問題なのであって、その解釈を示すのが指針のはずであるにもかかわらず、医師法21条の条文をそのまま指針だと示したところで、指針にはなりません。田村厚生労働大臣の答弁は一体何だったのか・・・正直、愕然としました。
3、全国医学部長病院長会議「大学病院の医療事故対策委員会」の発信
(1)「病院に勤務する医師の皆様にご理解いただきたいこと」(平成30年3月9日付)(以下「旧文書」といいます。)について
同委員会は、医師法21条に関連して、「病院に勤務する医師の皆様にご理解いただきたいこと」と題する文書(旧文書)を発信しました(なお、その後同委員会は、「旧文書」を改訂し、後記(2)の「改訂文書」を発信しています。)。
旧文書では、
@ 旧厚生省による国立病院部リスクマネージメントマニュアル作成指針(医療過誤による死亡などの警察への届出を指導している)は、「医師法21条の解釈を示したものではない」(厚労省医事課長、2012年)との見解が示されたことから、医師法21条を根拠に警察へ医療事故を届出るとする従前の解釈は既に撤回されていること
A 平成26年に田村厚生労働大臣が、医師法21条は医療事故などを想定したものではなく、法律制定時より変わっていないと発言したこと
B 院外心停止で搬入されるなど死因が分からない症例は、外表の異状を認めなければ医師法21条で定義される届出義務は存在しないこと
などを踏まえ、「医師法21条に関する従前の解釈によるなどして警察署への届出を盲目的に行ってはならない」という明確なメッセージが発信されています。
(2)「関係者の皆様にご理解いただきたいこと」(平成31年2月8日付)(以下、「改訂文書」といいます。)について
同委員会は、旧文書の一部に誤解を招く表現を認めたということで、この改訂文書を発信しました。すなわち、@「医師法21条を根拠に警察へ医療事故を届出るとする従前の解釈は既に撤回されている」との記載、Bの記載については、あくまで旧文書発表当時における同委員会の理解を述べたものであり、それらのような行政解釈は示されていないことが付言されました。
恐らく、この「改訂文書」は、旧文書を発信後、医療問題弁護団(患者側弁護士の団体)が、旧文書で示された医師法21条の解釈は誤りであるという内容の意見書(後記4)を厚生労働省に提出したことを踏まえてのものだと思われます。
4、医療問題弁護団作成の「医師法21条に関する全国医学部長病院長会議の「発信」に対する意見書」(平成30年10月20日付)について
患者側弁護士で組織する医療問題弁護団は、旧文書で示された医師法21条の解釈は、誤りであるという内容の意見書を、平成30年10月29日、全国医学部長病院長会議、同会議所属の大学の学長ないし医学部長、大学病院長、厚生労働大臣、日本医師会、日本病院会、日本精神科病院協会、日本医療法人協会、全日本病院協会に送付し、さらに、同年11月18日には、厚生労働省医政局医事課に同意見書を提出し、趣旨説明をしたそうです。
この意見書は、旧文書で示された医師法21条の解釈を真っ向から否定し、なんと、医療事故死は医師法21条の届出義務の対象となるとしています。さらに、この意見書は、旧文書の見解に基づけば、「医師が誤った理解の下、医療事故死につき医師法21条に基づく届出をせず、同法違反により刑事罰を受ける事態を引き起こすおそれがある。」と一見現場の医師を守るために、旧文書の撤回を迫っているかの如く記載されているのです。
医療者側弁護士の立場から言わせていただくと、この意見書は、医療事故死を医師法21条の届出の対象とすることにより、医師は次々と業務上過失致死罪で刑事手続きに巻き込まれるべきだと主張しているに等しく、断じて現場の医師を守るためのものではありません。
しかしながら、その後、厚生労働省医政局医事課長がこの意見書に鋭敏に反応してしまったがために、ますます議論の再燃に拍車をかけてしまったのです。その件については次回お話しします。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第19回 掲載記事より(令和元年10月号・第46巻第10号 通巻604号・令和元年10月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))