Q20 医師法21条の異状死体の届け出をめぐる議論について〜その5
1、今回のご相談内容
前回は、患者側弁護士で組織された医療問題弁護団作成の「医師法21条に関する全国医学部長病院長会議の「発信」に対する意見書」は断じて現場の医師を守るためのものではないというところまでお話しました。
今回は、この意見書に対し、厚生労働省医政局医事課長が鋭敏に反応してしまったがために、ますます議論の再燃に拍車をかけてしまったというところからお話しします。
2、厚生労働省医政局医事課長通知「医師による異状死体の届出の徹底について(通知)」(医政医発0208第3号・平成31年2月8日付)
厚労省は、医師法21条の解釈を巡って「『死体外表面に異常所見を認めない場合は、所轄警察署への届出が不要である』との解釈により、薬物中毒や熱中症による死亡等、外表面に異常所見を認めない死体について、所轄警察署への届出が適切になされないおそれがあるとの懸念が指摘されています」との前置きをして、「医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合は、医師法21条に基づき、所轄警察署に届け出ること」と、周知するための通知を発出しました。
この厚労省通知が発出された後、実際に医療現場は混乱し、当職のところにも、「外表異状説が否定されたということでしょうか?」、「とにかくなんでもかんでも警察に届け出をしろということでしょうか?」、「厚労省の医事課長が、広尾病院事件の最高裁判決を否定したということでしょうか?」といった様々な疑問やご相談が寄せられました。正直、当職自身も厚労省通知の真意がわからず、対応に苦慮しました。
一方、高らかに勝利宣言をしたのは、患者側弁護士のグループでした。実際、医療問題弁護団作成の意見書(詳細については前回にお話したとおり)で記載されていた内容と、この厚労省の通知において周知すべきとする上記内容は、言い回しや言葉遣いも含めて、非常に似ていることは認めざるを得ず、だからこそ、患者側弁護士からすれば、まさに「意見書作成の成果」だったわけです。
そもそも、ある言葉の定義をする際、その言葉自体を使って定義するのはご法度です。しかしながら、この厚労省通知は、「異状」の定義に、「異状を認める場合」と書いてしまっており、これだけでアウトなわけです。
3、厚生労働省医政局医事課・事務連絡「『医師による異状死体の届出の徹底について』(平成31年2月8日付け医政医発0208第3号厚生労働省医政局医事課長通知)に関する質疑応答集(Q&A)について」(平成31年4月24日付)
厚労省通知を発出したことによる医療現場の混乱を踏まえて、さすがに困った状況となったことを自覚したのか、厚労省は自ら火消しをすべく「これまでの解釈との整合性等について疑義が生じているとの疑念が指摘されています」として、質疑応答集(Q&A)を取りまとめることになったわけです。
この質疑応答集(Q&A)では、前記2の厚労省通知について、
- 医師法21条の届出を義務付ける範囲を新たに拡大するものではないこと
- 平成26年6月10日の参議院厚生労働委員会における田村厚生労働大臣の答弁等の同趣旨であること
- 都立広尾病院事件の最高裁判決の内容を変更するものではないこと
- 医師法21条の「検案」とは最高裁判決が示す「死体の外表を検査すること」を意味するものであること
- 警察への届出の範囲を拡大するものではないこと
等が明記されました。
加えて、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル(平成31年度版)」においても、同マニュアルの発行後にこの質疑応答集(Q&A)が発出されたことに伴い、同マニュアル収載内容として、前記2の厚労省通知の内容がそのまま記載されていた部分を削除し、この質疑応答集(Q&A)を追補することも発表しました。
この質疑応答集(Q&A)をもって、ようやく医師法21条をめぐる議論の再燃が一応収束したことになりました。
4、医師法21条は罪刑法定主義違反?!〜抜本的解決のためには刑法211条の改正が必要(提言)
医師法21条違反は、同法33条の2で罰則として「50万円以下の罰金に処する」と規定されています。つまり、医師法21条違反は、法定刑として罰金刑が定められている「犯罪」なのです。何が犯罪に該るかについては、その輪郭が明らかでなければならない(これを、「罪刑法定主義」といいます)ということは近代刑法の基本原則です。しかしながら、どういう場合に医師法21条違反に問われるかについて、明確に定められておらず、厚生労働省ですら物議をかもすような通知を発出してしまうくらいなのですから、もはや医師法21条は罪刑法定主義に反するといってもいいのではないでしょうか。
したがって、医師法21条を改正するということが必要かもしれませんが、当職としては、そもそも刑法211条の改正をすべきではないかと考えています。
すなわち、現状では、医師法21条の届出義務を怠った場合、同法違反による刑事罰(罰金刑)(同報33条の2)を受ける可能性があり、他方、同法21条による届出をした場合、業務上過失致死(傷害)罪(刑法211条)に問われる可能性があるという両竦み状態にあるわけです。
そうであれば、仮に医師法21条の届出をした場合でも、よほどのことがない限り、刑法上の責任を問われないようにする必要があり、そのためには、そもそも刑法211条が適用される場面を限定する必要があるのです。
福島県立大野病院事件において福島地方裁判所は「医療行為が身体に対する侵襲を伴う以上、患者の生命・身体に危険性があることは自明であるし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難である」と指摘しています。
そもそも危険業務であるからより結果に対して注意しなければいけないというのが、業務上過失致死傷罪(刑法211条)の立法趣旨です。しかしながら、医療行為の場合、結果を正確に予測することが困難であるという特殊性があることからすると、業務上過失致死傷罪の立法趣旨をそのまま当てはめることができないことになるはずです。
そこで、例えば刑法211条の2として「医療業務上過失致死傷罪」を新設し、医療業務上必要な注意を著しく怠り(すなわち重過失)、よって人を死傷させた者は・・・」と法改正をすることにより、医療行為に関しては、重過失の場合のみ限定的に刑法211条を適用するということを明文化する必要があるのではないかと考えます。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第20回 掲載記事より(令和元年11月号・第46巻第11号 通巻605号・令和元年11月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))