Q23 説明義務違反は恐ろしい?!〜その2
1、今回のご相談内容
今回は、説明義務違反についての各論として、当職が実際に担当した具体的事案(婦人科&麻酔科事例)を踏まえて、お話させていただこうと思います。
2、添付文書も恐ろしい?! 〜最高裁平成8年1月23日判決
前回は総論として、医療訴訟において、裁判所は説明義務違反が大好きということをお話させていただきましたが、裁判所は添付文書も大好きですので、要注意です。
その理由は、添付文書に関する最高裁平成8年1月23日判決(以下「平成8年判例」といいます。)があるからです。
平成8年判例は、「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」と判示しました。
そして、虫垂切除手術中の腰椎麻酔ショックにより脳に重大な損傷を被った事案において、医師がその医薬品を使用するに当たって添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項(麻酔剤注入前に1回、注入後は10ないし15分までに2分間隔に血圧を測定すべきであると記載)に従わず、平均的医師が現に行っている「医療慣行」(本件事故当時は、5分ごとの血圧測定が一般開業医の常識であった)に従い、それによって医療事故が発生した場合には、添付文書記載の注意事項に従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り当該医師の過失が推定されるとして、開業医に過失ありと認定したわけです。
つまり、平成8年判例によると、添付文書の記載に反した場合、たとえ当時の医療慣行に従って処置したとしても、「過失が推定される」ことになるというわけです。この「過失が推定される」ということの意味は、添付文書の記載どおりの処置をしなかった場合、直ちに過失があるということにはならないものの、医療者側が、自ら過失がないこと(無過失)を主張立証しなければいけないという意味なのです。
本来であれば、訴える側(原告側)が過失の主張立証責任を負うというのが、民事裁判の大原則です。しかしながら、平成8年判例によると、添付文書の記載に反した医療が行われた場合、訴えられた側(被告側:医療者側)に一部主張立証責任が転換されることになるわけです。
その意味で、平成8年判例は、医療者側に非常に厳しい内容を含むものですが、実際の医療裁判においては、この平成8年判例がいわば規範として用いられており、医療裁判実務は、この平成8年判例で動いているのです。
その意味で、裁判所が過失の有無を判断する際、添付文書を最も重視しているといっても過言ではありません。
3、添付文書と説明義務違反〜婦人科&麻酔科事例
しかしながら、添付文書には、ありとあらゆることがたくさん書かれています。もちろん、製薬会社のPL責任の回避の問題もあって、いろいろ書かれているという事情もあるでしょう。
もちろん、添付文書に記載されている内容すべてを全部説明しなければいけないということではありません。では、どこまで説明しなければいけないのでしょうか?
ここで、当職が担当した具体的事案(婦人科&麻酔科事例)を例として、実際の裁判におけるやり取りについてご紹介します。
(1)事案の概要
子宮全摘術(以下「本件手術」といいます。)を受けた後に横紋筋融解症を発症した患者が、本件手術の際に使用した麻酔薬の副作用により術後に横紋筋融解症を発症したとして、麻酔薬の選択及び横紋筋融解症に関する説明義務違反があるとして慰謝料500万円を求めて訴えを提起した事案です。
(2)争点
本件事案の主たる争点は以下の3点でした。
@因果関係の有無
A麻酔薬の選択の過失の有無
B説明義務違反の有無
そして、これらの争点の内、裁判所が最後まで疑義を呈したのは、B説明義務違反についてでした。
(3)争点Bに関する原告(患者側)の主張
原告(患者側)は、本件手術の際に使用された麻酔薬であるセボフルラン、プロポフォール及びエスラックの添付文書を証拠として提出した上で、それら添付文書には、いずれも副作用として「横紋筋融解症」が明記されているのであるから、「横紋筋融解症」について説明する必要があったにもかかわらず、説明しなかった過失があると主張しました。
(4)争点Bに関する被告(病院側)の主張
そもそも「横紋筋融解症」は発症頻度が極めて低いこと、「横紋筋融解症」という医学用語を用いて説明していないが、麻酔薬の副作用である悪性高熱症については説明しており、その際、悪性高熱による横紋筋融解の症状(筋肉が固くなり、死に至る可能性があること)については説明しているのであるから、説明義務を尽くしたといえると主張しました。
(5)裁判所からのトンチンカンな求釈明
裁判所は、「横紋筋融解症」という病名を用いた説明をしなくとも、「横紋筋融解症」に相当する具体的な症状が副作用として生じる可能性について説明しているという被告側の主張には一応の理解を示しました。
しかしながら、裁判所があまりにもトンチンカンな釈明を求めてきたことには正直驚きました。この続きは次回にお話しします。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第23回 掲載記事より(令和2年2月号・第47巻第2号 通巻608号・令和2年2月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))