Q24 説明義務違反は恐ろしい?!〜その3
1、今回のご相談内容
今回も、説明義務違反についての各論として、当職が実際に担当した具体的事案(婦人科&麻酔科事例)について、引き続きお話させていただこうと思います。
2、説明義務違反をめぐる裁判所からのトンチンカンな求釈明
前回ご説明したとおり、裁判所は、麻酔医が術前に麻酔薬の副作用である悪性高熱症について説明し、その際、横紋筋融解の症状(筋肉が固くなり、死に至る可能性があること)について説明しているのであるから、説明義務を尽くしたといえるという被告側の主張に一応の理解を示しました。
つまり、医療の素人である患者に対する説明として、「横紋筋融解症」という病名を用いるか否かは重要ではなく、要は、副作用として具体的にどのような症状が出るのかを説明すれば足りるはずであり、それについては、当然、裁判所も理解したとばかり思っていました。
しかしながら、裁判所は、被告側に対し、「本件手術の際に使用された麻酔薬のうち、セボフルランの添付文書では、横紋筋融解症は重大な副作用の項目の2番目に記載されている。エスラックの添付文書には3番目に記載されている。そうであるのに、どうして説明義務がないといえるのか」と釈明を求めてきました。
裁判所は、「重要な副作用」として列挙されているものは、発生頻度順に記載されているのだろうから、上位に列挙されている副作用については、説明義務があるといえるのではないかと考えたわけです。
あまりにもトンチンカンな求釈明に唖然としました。裁判所は、本件手術の際に使用した3種類の麻酔薬全ての添付文書で「重要な副作用」の項目に挙げられているものはいずれも「頻度不明」と明記されていることを全く理解されていませんでした。「頻度不明」なわけですから、少なくとも発生頻度順に列挙されたものではないこと、記載順が意味をなさないということは誰でもわかるはずです。それゆえ、記載順が上位であることは何ら説明義務の存在を基礎づけるものではないと釈明し、裁判所も当然納得したかのように思いました。
3、追加の立証手段
以上の釈明に加えて、当職の夫が開業医から処方を受けている高血圧症の薬(ノルバスク)や高尿酸血症の薬(ザイロリック)の添付文書にも「重大な副作用」の項目に「横紋筋融解症」が挙げられており、いずれも「頻度不明」と明記されていることを追加立証しました。もちろん、夫はこれまで、処方の際、一度たりとも「横紋筋融解症」の説明を受けたことはないということも主張しました。
4、裁判所からの執拗な和解の打診
ところが、その後、尋問を経て、裁判も終盤を迎え、いよいよ次回期日は判決となった時点で、裁判所から和解の打診がありました。
当然のことながら、被告側としては和解する理由がありませんので、明確に和解を拒否しましたが、裁判所が執拗に和解を打診するので、一応、裁判所の考えを聞かせていただくということで個別に面談をすることになりました。
個別面談の席で担当裁判官は、和解の余地は全くないのかと、執拗に打診してきました。
そこで、当職の方から担当裁判官に対し、和解を勧告する根拠を尋ねると、担当裁判官は頭を抱え込んでしばらく考えてから、「根拠というか、本件については、どのような判決結果となっても、双方控訴すると思うので、早期解決ということで和解はできないか」と言いました。
これに対し、当職の方からは「控訴されるからという理由では和解できない。根拠のないお金は一切出せない。それ以外の理由で裁判所が和解を勧める根拠を示されたい。」と迫りました。
すると、担当裁判官は「これまでの求釈明の経過からもお分かりかと思うが、説明義務違反の点である」と言ったのです。
これには、さすがに怒り心頭になりました。そこで、「もし、本件について説明義務違反を言われるのであれば絶対承服できない。本件事案で説明義務違反を問われるのであれば、日本の医療が崩壊する。全身麻酔薬による横紋筋融解症は発生頻度が不明であって、これで説明義務違反を問われるのであれば、横紋筋融解症と同程度のほとんど発症可能性のないあらゆる合併症についても説明が必要ということになり、それを全て口頭で説明できない上に、それに対応するために説明書を作るとなると、説明書が電話帳のようなものになってしまって、結局、意味をなさなくなり、患者さんのためにもならない。すでに立証したとおり、横紋筋融解症については、麻酔薬に限らず、日常的に飲まれている一般的な薬の添付文書にも記載されており、それについて説明義務があるということであれば、全国の病院、開業医全ての医療が崩壊する。早期解決を名目に、安易に説明義務違反を根拠に和解をさせることは、結果として裁判所が日本の医療をダメにすることに繋がるので、絶対に承服できない!」と言って、裁判所からの和解の打診を断固として拒否しました。
5、判決結果
正直、そこまで執拗に裁判所が説明義務違反を理由に和解を打診してきましたので、最悪、一部敗訴も覚悟しましたが、結果は、被告側の主張を全面的に認めた形での完全勝訴判決となりました。
その後、原告側がいったんは控訴しましたが、どういうわけかすぐに控訴を取り下げましたので、無事、被告側の勝訴判決が確定することとなりました。
この事案はある意味特殊だったのかもしれませんが、裁判所は本当に説明義務違反が大好きなのだということ、添付文書が大好きであるということを痛感した次第です。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第24回 掲載記事より(令和2年3月号・第47巻第3号 通巻609号・令和2年3月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))