Q25説明義務違反は恐ろしい?!〜その4
1、今回のご相談内容
今回は、説明義務違反の各論として、当職が実際に担当した具体的事案(美容外科事例)を踏まえて、「説明した内容をどこまでカルテに記載すればよいのでしょうか?」といったご質問にお答えしようと思います。
2、カルテ記載と説明義務違反〜美容外科事例
医療裁判においてカルテが最重要証拠として位置づけられていることについては、第22回のコラム(説明義務違反は恐ろしい?!〜その1)でご説明したとおりです。
ただ、実際の日常診療において、説明した内容をすべてカルテに記載することは不可能です。では、説明した内容をどこまでカルテに記載すれば説明義務違反にならないのでしょうか?
そこで、当職が担当した具体的事案(美容外科事例)において、実際の裁判におけるやり取りについてご紹介します。
(1)事案の概要
初診時から頬部と胸部への脂肪注入手術を希望し、メール及び面談でのカウンセリングを続け、3年間ほど、頬への脂肪注入、目の下・鼻唇溝・頬のヒアルロン酸注入処置等で継続して通院していた患者が、腹部・腰部から脂肪を吸引して胸部に注入する手術(以下「本件豊胸手術」といいます。)を受けたが、その約6か月後に他院において脂肪排出手術を受けることを余儀なくされたとして、術後管理を怠った過失、及び手術に伴う危険性等について説明義務を怠った過失があるとし、約450万円の損害賠償請求を求めて訴えを提起した事案です。
(2)本件事案の争点
本件事案の主たる争点は以下の3点でした。
@ 術後管理を行う義務違反の有無
A 本件豊胸手術に伴う危険性等についての説明義務違反の有無
B @及びAの義務違反と損害との因果関係の有無
そして、争点Aの説明義務違反に関する双方の主張は次のとおりです。
(3)争点Aに関する原告(患者側)の主張
本件豊胸手術に際し、代替術式の存在やそれぞれのメリット・デメリット、注入した脂肪が生着せずに壊死すれば、再手術が必要となる可能性を説明せず、むしろ、「異物ではないので安心です。」といった誤解を与える説明を繰り返したなどと主張しました。
(4)争点Aに関する被告(医師側)の主張
本件豊胸手術を受ける前、患者は自分で調べたり、他院でのカウンセリングを受けたりして、豊胸術のメリット・デメリットについて十分な知識をもっており、その上で、「バッグによる豊胸術やヒアルロン酸を受けるつもりはない」と話していたのであり、さらに、主治医は、メールのやり取りやカウンセリングの際に、注入した脂肪が生着せず壊死する可能性があることなど、本件手術に伴って生じる可能性のある不可避の合併症、本件手術以外の代替手術についても十分説明しており、さらに、診察時に、注入する脂肪の大きさなどによっては、中心部の血行が悪くなると壊死するおそれがあることについて図を描いて説明したと主張しました。
(5)カルテに描かれたイラストを使った立証
要は、主治医が、本件豊胸手術を実施する前に注入した脂肪が「壊死」するかもしれないというリスクを説明したか否かが争われたわけです。もちろん、カルテには主治医の説明内容が一言一句記載されていたわけではありませんし、残念ながら、カルテには「壊死」という言葉すら記載されていませんでした。
ただ、主治医が「壊死」について説明したという診察日のカルテには、一見して意味不明なイラストが記載されていました。そのイラストを仔細に見ると、左側に小さい青丸、右側に大きい青丸が記載されており、左右それぞれ中心に向けて、数本の細い波線が描かれていることが見て取れました。
主治医によると、このイラストは、左側の小さい青丸と右側の大きい青丸は、いずれも注入した脂肪の塊を表しており、前者は小さい脂肪の塊を、後者は大きい脂肪の塊を表し、それぞれの青丸の中心に向けて描かれた数本の細い波線は、毛細血管を表しているというのです。
最初、主治医からこのイラストの意味を聞いたとき、正直、無理筋だと思いました。
しかしながら、よく考えると、主治医がカルテにその日の診療内容を記録として残す際、一見して意味不明なイラストを記載する必要はなく、それにもかかわらず、このような一見して意味不明なイラストがカルテに記載されているということは、すなわち、主治医が患者に対するカウンセリングの際にこのイラストを描きながら説明をしたということの証なのであるということで、裁判所を説得できるのではないかと考えるに至りました。
そこで、当職は、主治医が、医学の素人である患者に分かりやすく説明するために、注入した脂肪に毛細血管が入り込む様子をイメージしやすくするべく、血流が乏しければ脂肪壊死の原因になりうるということを、このイラストを描いて説明したことは疑う余地がないとして、この一見して意味不明なイラストを使って、説明義務違反がないことを立証し、裁判所を説得することができました。
もちろん、争点@〜Bすべてにおいて、主治医側の主張が認められ、完全勝訴判決を得ることができました。
カルテに一言一句説明した内容を記載せずとも、工夫次第で、説明した事実を立証できるのだという事例として参考にしていただければと思います。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第25回 掲載記事より(令和2年4月号・第47巻第4号 通巻610号・令和2年4月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))