Q27新型コロナウイルス感染症と応召義務(雑感)
1、コロナ禍に想う
世界中で新型コロナウイルスが猛威をふるい、我が国でも、令和2年4月7日に7都府県を対象として政府から新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発出され、同月16日には、対象が全都道府県に拡大されるに至り、今回のコラム執筆中(4月末)の今、さらに1か月程度延長される見込みであるとの報道がなされています。日々のニュースでは、あたかも天気を伝えるかの如く、「新型コロナウイルスの・・・」が枕詞となっており、新規感染者数や死亡者数のデータが報道される度にビクビクする毎日です。人との接触イコール感染リスクということで、あらゆる社会活動が自粛の対象とされ、ごく普通の日常が今はありません。前回のコラムを書いたひと月前(3月末)には、想像もできなかったことです。
このような危機的状況の中、自らの感染リスクも顧みず、ギリギリのところで踏ん張っていただいている医療従事者の方々には、本当に感謝しかありません。
当職は現在、多数の医療裁判や医療紛争事案を(すべて医療者側で)担当しています。新型コロナウイルスが中国で猛威をふるっているという報道がなされた時から、そのような緊急事態に、医療裁判や医療紛争事案の対応のために、貴重な医療資源である医療従事者の皆さんの労力と時間を費やすべきでないと、正直、それどころではないと、強い矛盾を感じていました。
当初、緊急事態宣言の対象となった7都府県の裁判所では、緊急性のある事件を除いて、即日、裁判期日が取り消されました。
そこで、対象地域以外の裁判所に係属中している当職の担当事件についても、裁判期日を取り消していただきたいと上申したところ、直ちに裁判期日が取り消され、正直、安堵した次第です。
現在進行形の裁判ですら、そのような取り扱いがなされているにも関わらず、日々、当職の元には、患者側及びその代理人弁護士から、医療機関側に対するクレームのような申立や請求が寄せられています。このような非常事態の最中、理不尽なクレームの申し立てや、法外な請求をしてくる患者側及びその代理人弁護士は、いったいどういう神経をしているのかと、心底、怒りを禁じえません。もちろん、医療過誤に遭ったと主張している患者側にもそれなりの言い分はあるでしょう。しかし、現在進行形の裁判ですら、一時中断しているこの状況において、しばし休戦するという配慮があってもよいのではないでしょうか。今は、敵も味方もなく、それこそ、「ONE TEAM」で日本の医療を守るという姿勢が必要だと強く思います。
2、応召義務(医師法19条1項)を超えた自己犠牲で成り立つ日本の医療
7都府県に緊急事態宣言が発出されて間もなく、開業医をしている友人から悲痛なメールが届きました。彼は、20年以上、地域の基幹病院の救命救急医として勤務した後、その経験を活かし、数年前にクリニックを開業し、今は「かかりつけ医」として地域医療に尽力しています。
彼からのメールによると、「発熱など問い合わせの電話がクリニックにひっきりなしに架かってきます。地域には発熱外来がなく、かかりつけの患者さんで微熱の続く人もちらほらおられるので、まず電話で病状を確認し、来院してもらうか決めています。自宅待機させるか迷う人は通常診療後に(防護具もなく)診ています。通常の診療時間終了後に、個別に隔離して診療しますが、新型コロナウイルス感染症の疑いがあるので保健所へ電話連絡するにも、いつも話し中なので、チケット取りの如く電話をかけ続ける始末です。ようやく電話がつながっても、保健所では、症状が軽ければ、1週間以上熱が続いていても、新型コロナウイルスの検査をしてもらえません。一人の患者を診るのに1時間以上かかることもあり、限界を感じます。先週からは『来院する人は(職員も含めて)全例COVID−19』と思って取り扱うようにしており、特に若い人はリスクがあると思って隔離や追加消毒を徹底しています。付き添い人の体温や行動歴(母の付き添いのため東京から来る人もいます)も聞かねばならず、受付作業は大変です。リスクのある人の追加消毒のほかに、1時間に1回は一斉消毒(診察室やトイレのドアノブなど手の触れる場所の消毒)、職員休憩室を含めたスタッフエリアの消毒、院内での過ごし方の周知徹底(院内にいる間はマスク着用の徹底、更衣室や休憩室の使用人数制限など)といった職員間の感染防止などもしていますが、皆、意識、知識が乏しく、愕然とします。完全な対応はできず、いつクリニックがクラスターとならないかと心配する毎日です。クリニックレベルでも職員は疲れ気味です。自営業なので職員の給与を保証しなければいけませんが、昔はECMO(人工肺)を回したり、重症感染症患者受け入れの仕事をしていたこともあり、病院崩壊になれば、応援に行こうと考えています。」とのことでした。
このメールを読んで、涙が出そうになりました。大切な友人の無事をひたすら祈ることしかできません。
もし、このメールが、「防護具もないこのような状況において、新型コロナウイルス感染症の疑いのある患者の受診を断ってもよいでしょうか?」という顧問先からの相談であれば、おそらく「応召義務(医師法19条1項)違反にはならないでしょう」と回答すると思います。
しかし、この友人からのメールに対して、応召義務云々を書いて返信することは、あまりにも陳腐なことだと思い、何も気の利いたことが返信できませんでした。
現在、世界中の医療従事者が、得体の知れない新型コロナウイルスと奮闘しておられ、いずれこの事態が終息した暁には、多くの犠牲者から得られた医学的知見をもって、その時どう対処すればよかったのか、何が正解であったのかが、解明されることでしょう。
しかしながら、そうなると今度は、あの時にこう対処していれば救えたのではないか等、あたかもその時に正解がわかっていたかのような理不尽なクレームの申し立てや法外な請求が患者側代理人弁護士らからなされるのでないかと思うと、ゾッとします。
今回の未曾有の事態を契機に、日本の医療が応召義務を超えた医療従事者の自己犠牲で成り立っているということを、患者側(特に患者側代理人弁護士ら)には、是非ともご理解いただきたいと日々痛感しています。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第27回 掲載記事より(令和2年6月号・第47巻第6号 通巻612号・令和2年6月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))