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水島綜合法律事務所 - Q&A

Q&A

Q28新型コロナウイルス感染症とPCR検査義務違反?!

1、今回のご相談内容
 海外ではいまだ新型コロナウイルスが猛威をふるっている最中、我が国では、今回の大きな流行は収束へと向かっているとして、いよいよ令和2年5月26日(今回のコラム執筆中)から緊急事態宣言が全面解除されるに至りました。
 この約2カ月弱の間、あらゆる社会活動が自粛の対象とされた結果、今後、日本経済は戦後最悪の不況に陥ることが予想され、治安も相当悪くなるでしょうし、新型コロナウイルス感染症の治療をめぐる紛争事案も多発することが予想されます。
 さて、今回は、PCR検査義務違反に関するご相談です。
 初診の患者さんで、新型コロナウイルス感染症の疑いはあるものの「37.5度以上の発熱が4日以上」に該当しなかったため、PCR検査を手配しなかったところ、後日、容態がさらに悪化したため、別の医療機関を受診して緊急入院となり、入院直後に実施したPCR検査で陽性反応が出たが、入院治療の甲斐なく死亡された場合、初診を担当した医療機関はPCR検査義務違反ということで法的責任を問われるのかというご相談です。
2、PCR検査実施の基準をめぐる混乱
 厚生労働省は、当初、帰国者・接触者相談センターへの相談の目安の一つとして示していた「37.5度以上の発熱が4日以上」という文言を、5月8日に削除することを公表しました。この相談の目安として示されていた「37.5度以上の発熱が4日以上」が、PCR検査の基準のように捉えられていたということに対して、加藤厚生労働相は「われわれから見れば誤解」と発言し厳しい批判を受けることになりました。
 事実、臨床現場において「37.5度以上の発熱が4日以上」は、PCR検査の基準としてとらえていたというのが現実です。実際、たまたま当職自身、5月8日(金)の明け方から、急に胃に切り込むような痛みと吐き気、腹部膨満感、関節痛、身の置きどころのないような激しい倦怠感に襲われ、39度の熱が出たため、近所で発熱外来をしているクリニックを検索し、予約して受診しました。
 発熱外来は通常診療の終了後でした。「症状からすると食中毒かなあ、多分コロナじゃないよね。」ということで、その日は検便だけして、抗生剤と解熱剤の処方を受けて帰宅しました。
 翌日5月9日(土)も38度台が続きました。昨日かかったクリニックの医師が心配して電話をくれました。医師曰く、「食中毒にしては熱が高すぎるし、ちょうど昨日、高熱ということだけでPCR検査を受けられるように基準が変わったから」ということで、PCR検査を受ける手配をしてもらうことになりました(前回のコラムで書きましたが、自分で保健所に予約を入れるのは、チケット取りのように電話をかけ続けるハメになると友人の医師から聞いていたので、クリニックから保健所に連絡してもらうことにしました。後日、クリニックの医師からは「かなりゴリ押ししてようやく検査してもらえることになった」とのことでしたから、自分で保健所に電話していたら門前払いになっていた可能性大です)。
 ちなみに、クリニックの医師も、「昨日からPCR検査の基準が変わった」と言っていました。PCR検査の基準が変わったわけではないとツッコミを入れたかったのですが、高熱でうなされている最中でしたし、とにもかくにも、PCR検査の予約を取って欲しかったので、ツッコむのを控えました。
 その後も倦怠感が強く、腹部膨満感と胃痛で、食事は通常量の1割程度しか食べられない状態が続きました。なによりも、これが新型コロナの症状なのではないかと、不安でいっぱいでした。
 週明けの5月11日(月)、指定された場所にPCR検査を受けに行きました。保健所からは、どこで受けたかは口外しないようにと言われました。地域住民がパニックになってしまうからとのことでした。大通りから少し奥まった駐車場のさらにその奥が指定場所でした。突然、防護服姿の人たちが複数現れ、そこだけがまるで別世界でした。遠くの方から手招きされ、「一人でここまで歩いて来てください」と言われ、防護服だらけの人たちに凝視されながら、とぼとぼ歩いて行き、促されるまま椅子に座りました。まさに感染者疑いという取り扱いでした。目の前には誰もおらず、右後ろ方向から、防護服の男性に、自分でマスクから鼻だけ出すようにと言われ、綿棒を細長くしたようなものを、右の鼻の奥のつきあたりまで入れられ、ゴシゴシと延々擦り取られ、結構苦痛でした。
 検査結果は2日以内に保健所から電話で連絡するとのことでした。
 とにもかくにも検査を受けることができて一安心しましたが、結果が判明するまで、夫婦で仕事を休んで自宅で自主隔離することとしました。陽性が出たら、入院するか一人でホテルに行くことになるのか、仕事はどうするか、あれこれと段取りを考えていました。
 幸い検査結果は陰性でした。クリニックの医師からは「感度は70%」と言われましたが、既に体調も軽快していたこともあり、正直安堵しました。PCR検査を手配してくださったクリニックの医師には心から感謝しています。
 今回、自分自身がコロナかもしれないという不安と高熱で絶不調の最中、加藤厚生労働相の「われわれから見れば誤解」という発言には、本当に呆れました。臨床現場の医師らにすら誤解されるような説明しかしなかったということを、大いに反省していただきたいと思います。
3、今回のご相談についての私見
 このようにPCR検査の基準につき国レベルで混乱が生じている場合、初診の医療機関が、PCR検査義務違反に基づく法的責任を負うというのは、常識的に考えて酷なことだと思います。加藤厚生労働相は「われわれから見れば誤解」と発言しましたが、むしろ、説明責任を負っているのは国側ですから、この発言は説明責任の放棄と言わざるを得ず、その結果、「誤解」させられていた初診の医療機関がPCR検査義務違反に基づく法的責任を負うことになるとは到底考えられませんし、おそらく裁判所もそのような判断はしないだろうと思います。
 実際問題として、加藤厚生労働相の5月8日発言以前では、初診の医療機関が仮に新型コロナウイルス感染症の疑いが濃厚としてPCR検査が必要と判断したとしても、「37.5度以上の発熱が4日以上」の基準をクリアしなければPCR検査を受けることは不可能であったと思われますし、マスコミ報道に登場した開業医も自らの体験としてそのように語っていました。
 なお、国家賠償責任が問われる可能性はあると思います。

(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第28回 掲載記事より(令和2年7月号・第47巻第7号 通巻613号・令和2年7月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))

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