Q29夫がTIA?!
1、今回のテーマ
通常、弁護士は、実際に発生している個別具体的な紛争案件を取り扱います。もちろん、予防法務という仕事もありますし、当職の場合は、講演等で一般的な内容をお話することもあります。ただ、いずれにしても、病院が日常業務において、日々努力されていることや、素晴らしい取り組みをされていることについては、弁護士のところにそもそも相談がないわけですから、残念ながら知る機会がほとんどありません。何か具体的な医療事故が起こった後の再発防止の取り組みという形で情報が入ってくる程度です。
今回のテーマは、そういった病院が日々努力されているということについて、患者目線+弁護士目線で感じたことについてお話しさせていただきたいと思います(前回は当職自身の事を書きましたが、今回は夫のことです)。
2、夫がTIA(一過性脳虚血発作)?!で緊急入院
6月1日(月)朝、夫と一緒に出勤途中、夫が急にめまいで歩けなくなりました。意識ははっきりしていましたが、ふらふらして自分で身体が支えられない様子でした。転倒すると危ないため、すぐさま夫の身体を正面から抱きかかえ、道端に座らせました。もしかしたら、コロナなのか、熱があるのだろうか、近くのクリニックに駆け込もうか、いったん休ませようか、自宅に戻ろうか、しばらく(おそらく数秒程度)オロオロしました。とにかく大きな病院の救急で診てもらう必要があるだろうということで、15年来の仕事上でお付き合いのあるN先生(脳外科)の携帯に電話をしたところ「そんな、水島先生、すぐこちら(顧問先病院)に救急車で来てください!」と言われました。救急車を待つ余裕すらなかったため、タクシーを捕まえてすぐに救急外来に向かいました。
救急受診し、CT含む各種検査をしたところ、「NIH Stroke scale(脳卒中スケール)では0点なので特に異常ないでしょう。念のためにMRI撮影をしましょう。」ということになりました。その時点で、おそらく安心したのでしょう、夫からようやく笑顔が見られるようになりました。
ところが、MRI画像では、右椎骨動脈が完全に閉塞しているということで急遽、脳卒中内科に緊急入院することになり、N先生からY先生(主治医)とI先生(担当医)に引き継ぎしていただきました。素人的にみて、脳に行く重要な血管が完全に閉塞しているのに、どうしてニコニコして生きているの?と正直信じられないと同時に一気に奈落の底に突き落とされました。
その翌日の検査で右椎骨動脈に血流が確認されたということで、夫から「吉報」とメッセージが入りました。しかしながら、さらなる検査を重ねた結果、どうやら右鎖骨下動脈が狭窄ないし閉塞しているために右椎骨動脈が逆流しているのだろうということが分かってきました。まさに時々刻々と判明していく病状に一喜一憂状態でした。このまま経過観察という選択もあるが、正確に血流を評価するためには、脳血管造影検査を受ける必要があるということでした。
しかしながら、夫は、平成元年に右腎臓を癌で摘出して片腎である上に、血液検査で腎機能も悪化しているということから、造影剤を使った検査を受けることをかなり逡巡していました。加えて、TIAで緊急入院後、自覚症状は一切ないため、このまま経過観察という選択肢もありかと思っていたようです。加えて、ちょうど目下、脳外科手術を受けた後に脳梗塞となったというケースの医療裁判を担当していることもあって、万が一という不安でいっぱいだったようです。
当職は、患者家族として、はじめは完全閉塞と言われていた右椎骨動脈が、実は血流が確認されたと喜んだ直後、実は逆流していると、時々刻々と病状が解明されている中で、いったい夫の身体に何が起こっているのかが十分理解できず、その上、造影剤腎症のリスクの心配から、脳血管造影検査を受けるという選択を勧めることができずにいました。
3、セカンドオピニオンの威力
時々刻々と病状が解明されている中で、素人的によく理解できなかったため、個人的に懇意にしている別の顧問先病院の脳外科のH先生に電話で相談しました。H先生からは、「盗血症候群ではないか。左右の脈の強さの違いがあればおそらく間違いない。確かに造影剤の合併症として腎機能が心配されるところではあるので、リスクはある。徹底的にMRIで診てもらってどうするかだろう。ただ、右鎖骨下動脈の狭窄ということでステント治療ができるなら、そんなに厄介な状態ではないと思う。特に、今入院されている病院にはステント治療がとても上手な先生がいらっしゃるので大船に乗ったつもりでまかせたらいい。」とご意見いただきました。
その時、当職が実感したのは、まさに、セカンドオピニオンの威力でした。もちろん、入院先の病院の先生方には全幅の信頼を置いていました。特に、時々刻々と病状把握ができていく過程をその都度説明してくださるので、その分、一喜一憂しましたが、むしろタイムリーに病状を知ることができて、本当にありがたいという思いでした。
しかしながら、やはり素人である患者家族という立場からすると、病状把握ができていない時点でも、ある程度の予測、見立てをつけて少しでも早く不安を解消したいという思いが強く、その時点でやるべき検査や処置は全てやっているという第三者からのお墨付きのようなものが欲しかったのです。その意味で、H先生に電話して、ある意味セカンドオピニオンを聞くことができたことは、非常に心強い思いがしました。
H先生に電話をした日の夜、主治医のI先生から病状の説明がありました。やはり「盗血症候群」ということでした。ただ、この時点でも造影剤を使った検査には踏み切れず、さらにMRI検査で、鎖骨下動脈の状態を評価してもらうことになりました。
6月3日(水)、脳血管造影検査を受けることに消極的だった夫の様子を心配して、N先生が病室に来てくれました。N先生に「右鎖骨動脈が完全閉塞なら難しくなるが、狭窄ならカテで拡げれば心配なくなる。腎臓の機能が悪いといってもわずかなので心配することはない。自分も心臓で4回カテやっている。最初は怖かったが大丈夫だった。Y先生とよく相談して決めて下さい。」とハッパをかけてもらったおかげで、夫は、検査を受けることにすっかり前向きになりました。
当職自身は、妻として、一緒に悩んだり、情報を集めたり、できうる限りのありとあらゆるサポートは尽くすものの、やはり検査や治療を選択するのは患者本人ですので、夫自身が全てを引き受けて、納得して、自ら選択するまで待とうと思っていました。まずは検査に前向きになってくれて、本当に安堵しました。N先生の絶妙なアシストに感謝です。次回はその後の経過をお話します。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第29回 掲載記事より(令和2年8月号・第47巻第8号 通巻614号・令和2年8月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))