Q30夫がTIA?!その2
1、今回のテーマ
前回に引き続き、今回も、夫が一過性脳虚血発作(TIA)を起こした後の経過を踏まえて、病院が日々努力されているということについて、患者目線+弁護士目線で感じたことについてお話させていただきます。
2、インフォームドコンセントの重要性
6月4日(木)の夜、病棟のカンファレンス室で、主治医のY先生から、改めてこれまで実施した検査の結果と今後の方針について30分以上かけて詳細な説明を受けました。同日実施した右鎖骨下動脈のMRI検査によると、右鎖骨下動脈から右総頚動脈は描出されているが、本来であれば、その先から右椎骨動脈が上向き(頭の方)に、右鎖骨下動脈が腕の方に描出されるはずであるが、血流が悪いためいずれも描出されておらず、右鎖骨下動脈の血流がかなり悪くなっているとのことでした。完全に詰まっているのかどうかはわからないが、聴診器を当てると血管の雑音が聞こえるので、おそらく完全に詰まっているのではなく、かなり高度狭窄と考えられけれど、正確なところは血管造影をしてみないとわからないとのことでした。
6月1日(月)の朝に急に歩けなくなったという現象については、鎖骨下動脈盗血症候群により、血流が少なくなり、脳梗塞には至らなかったものの、一時的に脳梗塞の前段階の症状として一過性脳虚血発作(TIA)が起こった可能性があるということでした。
原因としては、ほとんどの場合、動脈硬化だということで、今後の方針としては、今回が初めての発作なので、このまま血圧のコントロールと動脈硬化を抑えていくための内服治療を続けてしばらく様子を見るという選択もあるとのことでした。しかしながら、右鎖骨下動脈のMRI画像をみると、かなり狭窄は強いと考えられることから、血管を拡げるステント治療を考えていくべきで、そのためには、まずは脳血管造影検査で狭窄の状態を評価する必要があるとのことでした。閉塞していなければステント治療は比較的しやすいけれど、仮に閉塞していても症状が強い人には、ワイヤーを通して広げるステント治療を行ったりする場合もあるとのことでした。MRI画像上から判断すると、おそらく閉塞部位の距離・長さはそれほど長くないはずだということでした。
6月1日に緊急入院した際には、腎機能の悪化がみられたものの、その後の点滴治療により、幸い腎機能も改善してきたことを踏まえて、これなら造影剤を使った検査ができるでしょうということでした。
夫は既に覚悟を決めていたようでしたが、腎機能が改善してきたことを聞いて安堵し、6月8日(月)に脳血管造影検査を受けることになりました。
同席していた当職は、動脈硬化が進んでいるということで心臓の方は大丈夫なのか、他の動脈は大丈夫なのか、血をサラサラにする薬を飲んだ状態で出血のリスクは大丈夫なのか等々、素人目線の疑問をあれこれ質問した上に、厚かましいとは思いながらも、週明けの月曜日に検査ということであれば、明日の金曜日にもう一度、血液検査をして、腎機能や血液凝固能の評価をして欲しいと要望しました。病室に戻った夫曰く「脳血管造影検査前に、腎機能をもう一回チェックして欲しいと思っていたけれど、自分ではなかなか言えなかった。」とのことでした。
素人である当職らの疑問や要望にY先生は嫌な顔ひとつせず、優しく丁寧に対応してくださり、患者家族として、益々、主治医に対する安心感と信頼が深まったように感じました。
当職自身は、患者家族という立場と、顧問弁護士という立場で、いろいろと交錯する思いがありました。患者家族として不安が払拭できないためにあれこれと質問してしまい、ふと我に返って、顧問弁護士という立場から「なんかY先生、困っている顔だなあ」とか「おお、なるほど、Y先生、そういう返しでくるか」と心の中で思わず拍手をしたり、「ああ、Y先生、そんな風に言っちゃったよ。大丈夫?」と心の中で突っ込んだりして、正直結構、疲れました。
当然のことながら、インフォームドコンセントは重要です。しかしながら、患者及びその家族の病気に対する理解度、認識の程度、受け止め方等は、千差万別でしょうから、それぞれの患者側の特性に応じて、臨機応変に対応することを強いられる医療者側の苦労も計り知れないものがあるだろうと推察します。だからこそ、是非とも、カルテには、医師からの説明内容だけではなく、それを踏まえた患者及び家族の反応も記録しておいてほしいのです。実際、医療事故が発生し、裁判となった場合、説明義務違反が争点となることが多いのですが、その際、患者側の反応がカルテに記載されていると、実際に十分な説明をしたことが、裁判の場でリアルに蘇ってくるという効果が期待できるからです。
カンファレンス室を退出するとき、私たちの後ろでI先生が書記として、懸命に電子カルテに入力されていることに気づきました。さすがにその内容まで読ませてもらったわけではありませんが、I先生の様子からすると、おそらくY先生の説明内容を一言一句漏らさず入力されているのだろうと想像できました。その様子を見て、きっと新人教育が十分行き届いているのだろうと思いましたが、「患者が十分理解したということが分かるカルテにするために、是非とも、患者及び家族の反応、質問等も記録しておいてくださいね。」と顧問弁護士としてのアドバイスをしておきました。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第30回 掲載記事より(令和2年9月号・第47巻第9号 通巻615号・令和2年9月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))