Q31夫がTIA?!その3
1、今回のテーマ
前回、前々回に引き続き、今回も、夫が一過性脳虚血発作(TIA)を起こした後の経過を踏まえて、病院が日々努力されているということについて、患者目線+弁護士目線で感じたことをお話させていただきます。
2、患者側からいつも見られているという意識
6月8日(月)朝10時から、夫は、脳血管造影検査(アンギオ)を受けました。当職は、検査中、万が一の場合に備えて、検査室の前で待機することにしました。
検査が無事終了するのを待っている間、患者家族という立場と、顧問弁護士という立場が、複雑に交錯しました。
医療者側弁護士として、これまで多くの医療事故案件ばかりを担当してきたせいか、顔見知りの先生方が検査室を出入りされるたびに、あれこれと邪推をしてしまい、最悪のことばかりが頭をよぎりました。
とにかく、患者家族としては必死です。検査を受けている夫の無事を祈るばかりです。そのような心境ですから、とにかく、少しでも情報を得たいという思いで、医療者の一挙手一投足に注目するわけです。
無事、検査は終了し、検査室からストレッチャーに乗せられて出てきた夫に笑顔が見られ、冗談も言える状態であったことに、安堵しました。
夫の検査は、局所麻酔で意識を落とさず実施されましたが、なぜか、ふと、10年以上前に担当した術中覚醒の事案を思い出しました。
それは、全身麻酔並びに硬膜外麻酔下において、腹部腫瘤の切除手術の事案でした。手術終了後、患者から麻酔装置を抜管した直後、「手術中の先生方の会話、全部聞こえていましたよ。内蔵がえぐられる感覚で気を失いそうになりました。臓器がお腹の上に置かれたのもわかりました。悪性腫瘍だということも聞こえました。」と患者が発言し、術中覚醒していたことが判明しました。つまり、手術中、患者は覚醒しているにもかかわらず、筋弛緩剤の効果で身動きができず、声も出せない状態のまま、4時間以上にわたる手術による想像を絶する激痛にもがき苦しみながら、手術が敢行されるという残酷な事態に陥っていたわけです。原因は、麻酔医による全身麻酔装置の気化器のセットミスでした。全身麻酔と硬膜外麻酔併用であったものの、硬膜外麻酔のみで術中の痛みを消失させるには足りず、恐らく、術中の痛みの程度は想像しがたいものであったとはずです。本来の手術自体は成功しましたが、その後、本件患者は術中覚醒によるPTSDと診断されました。当然のことながら、その病院は全面的にミスを認めた形で、本件患者と示談しました。
医療者側弁護士の立場から、医療関係者へのアドバイスとしては、院内では、いつ・なんどきでも、患者やその家族から、自分たちが見られているのだということを常に意識していただきたいと思います。
3、医療者側から常に見守ってもらえているという安心感
検査翌日の6月9日(火)の午後、Y先生(脳卒中内科)から、血管造影検査の結果と今後の治療についての説明を受けました。検査の結果、右鎖骨下動脈の狭窄率は82%とのことでした。高度狭窄のため、いろんな血管から右椎骨動脈へ逆流して、右腕の方に血液を供給している状態だということでした。右鎖骨下動脈盗血症候群の中でも、逆流がキツイパターンとのことで、今後も、右手に何か負荷がかかったり、脱水になったら、一過性脳虚血発作(TIA)の症状が出ることになるとのことでした。
その説明を聞いて、患者家族としては、狭窄率の強さにショックを受けましたが、右鎖骨下動脈が完全閉塞しているのではなくてよかったと思いました。夫自身は、検査疲れもあるのか、かなり落ち込んでいる様子ではありましたが、狭窄箇所を広げる治療ができるのであれば、治療するしかないと既に腹をくくっているようでした。
治療に際しては、まずは明日(6月10日(水))、脳外科のF先生の診察を受け、一旦、退院した上で、脳外科との合同カンファレンスの結果を踏まえて、脳外科に予定入院となるとのことでした。Y先生曰く、F先生は血管内治療の経験豊富な先生だということ、脳外科に転科となっても、引き続き脳卒中内科も一緒にフォローさせていただくということでしたので、少し安堵しました。
翌朝(6月10日(水))、脳外科のN先生が来室されました。N先生曰く、6月8日のアンギオの結果を見て、Y先生(脳卒中内科)やF先生(脳外科)とは、いつも非公式のカンファレンスをやっていて、常にカルテもチェックしているとのことでした。右鎖骨下動脈が完全閉塞していたら厄介だったが、狭窄率82%ということで、細いながらも繋がっているので良かったということ、F先生は血管内治療の名手なので心配ないということ、右鎖骨下動脈の狭窄をステントで拡げさえすれば全ての問題は解決するということ、治療ができれば頭の血の巡り良くなってバージョンアップして新しい人生が開けると思いますよ、とまで言っていただきました。その話を聞いて、患者家族としては、これ以上のアシストはないと感動し、思わず涙が出ました。狭窄率82%ということで、かなり落ち込んでいた夫は、N先生に激励されたことで、気が晴れて視界が開けた感じがすると喜んでいました。
患者側にとっては、信頼できる医師が診療科をまたいで複数で常に見守ってくれていることが何よりの安心感につながるということを痛感した次第でした。
(月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第31回 掲載記事より(令和2年10月号・第47巻第10号 通巻616号・令和2年10月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン))