Q38ある日突然、訴状が来た?!その1
1、今回のテーマ
前々回(第36回)に少し前振りしましたが、今回から複数回に渡って、当職自身が訴えられたことについてご紹介したいと思います。
といっても、もう既に10年も前のことですから、かなり古いお話にはなります。
2、事の発端(事案の概要)
もともとは、100歳の母親(以下「本件患者」といいます。)が人体実験に遭った結果、死亡したとして、その息子(以下「原告」といいます。)が顧問先病院(以下「当院」といいます。)の医師個人(以下「被告医師」といいます。)に対して損害賠償請求訴訟(以下「第一次訴訟」といいます。)を提起したことが事の発端です。
本件患者は、特別養護老人ホームに入所されていましたが、発熱等により当院を受診され、胸部レントゲン及び胸部CTにより、心陰影の拡大と、誤嚥によると思われる肺炎像を認めたため、直ちに当院内科に入院となりました。
主治医となった被告医師は、入院当初から、原告に対し、急変の可能性があることを説明し、原告からは、無理な延命は希望しないとの申し出がありました。原告は入院当初からほぼ毎日、本件患者の付添をしていました。
被告医師は、肺炎治療のため、本件患者に対し、入院初日からパンスポリンの点滴を開始しましたが、原告から、以前、別の病院でパンスポリンを使用して下痢をしたので別の抗生剤に変更して欲しいと言われました。
そのため、入院3日目、被告医師は、以前、当院整形外科で入院した際に使用していたファーストシンに変更しました。本件患者は100歳と高齢ゆえ、慎重投与をすべく1日1gの使用に留めました。
入院6日目、本件患者の状態がいったん安定したため、近日中に退院できそうだと思われましたが、入院11日目、多量の下痢便と嘔吐、発熱がありました。そのため、被告医師は抗生剤をファーストシンからチエナムに変更しました。この時も慎重投与をすべく1日1gの使用に留めました。
ところが、その翌日(入院12日目)、抗生剤を無断でチエナムに変更したと原告から病棟看護師にクレームの電話が入りました。そこで、被告医師から電話で説明する旨伝えましたが、原告はその説明を受けることを拒否しました。
入院13日目、本件患者の下痢と発熱が続いているため、被告医師は、抗生剤による下痢の可能性があること、発熱は脱水が原因の可能性も考えられたこと、なにより原告が抗生剤の使用を拒絶したことから、抗生剤を一旦中止とし、整腸剤で様子をみることとしました。
しかしながら、入院14日目以降、本件患者の容態が悪化し、心不全も進行したため、被告医師は、ラシックスの静脈注射を指示しました。看護師が本件患者にラシックスの静脈注射をしようとすると、なぜか原告がその都度拒絶し、結局、その後1週間(入院15日目〜入院21日目)、心不全の治療ができない状態が続きました。そのため、本件患者の心不全はさらに悪化し、全身に浮腫が著明となっていきました。ただ、その間、唯一、原告が不在で、代わりに、原告の兄が付き添っていた日(入院16日目)のみ、治療の必要性を理解した原告の兄の了解を得て、ラシックスを投与できましたが、病室に戻ってきた原告が激しく拒否したため、結局、再び以後ラシックスの投与ができなくなりました。
入院21日目、本件患者は肺炎による発熱が続いており、抗生剤を再開する必要がありましたが、原告が依然として抗生剤使用を拒絶しており、治療ができない状況が続いていました。そのため、原告の兄に同席してもらい、原告に抗生剤の必要性を説得し、ようやくパシルを使用することの同意を得ました。
入院22日目、本件患者の全身浮腫は著明となり、静脈抹消ルート確保が困難な状況であったため、中心静脈からの点滴処置を行いました。中心静脈からの点滴は栄養や水分の補充のため必要不可欠な処置でしたが、原告は、中心静脈点滴を入れる処置により容態が悪化したとクレームを言い出しました。
同日、被告医師は、原告の兄に対して、胸部CT及び胸腹部レントゲンを見せ、肺炎は改善しているが、発熱が続いており、熱の原因が肺以外の何らかの感染による可能性があること、尿から緑膿菌が検出されており、尿路感染が疑わしいことなどについて説明をし、同日より心不全の治療のためラシックスを再開しました。
翌日(入院23日目)、被告医師は原告の兄に対して説明した内容と同じ内容を原告に説明したところ、原告は、内科医長からの説明を要望しました。
そのため、入院24日目、内科医長から原告に本件患者の全身状態が悪いことを説明してもらいましたが、原告は、被告医師から説明を受けていないの一点張りで、全く聞く耳を持ちませんでした。
結局、入院27日目、本件患者は、感染症と心不全の進行を止めることができず、死亡されました。
その後、第一次訴訟に至る経過については次回お話させていただきます。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第38回 掲載記事より(令和3年7月号・第48巻第5号 通巻623号・令和3年7月1日発行 編集・発行 株式会社クリニックマガジン)