Q47今さら聞けないカルテ開示シリーズ その1
1、今回のテーマ
この原稿執筆中の11月21日現在、新型コロナ「第8波」と、インフルエンザとの同時流行が懸念される中、規制される可能性を視野に忘年会の前倒しが多いのか、クリスマスのイルミネーションで飾られた街中に人が溢れ、妙に活気づいているような印象を受けます。
さて、今回は、今や当たり前となったはずのカルテ開示について、なぜかまだ時々同じようなご相談を受けますので、複数回に渡りシリーズ化してご紹介したいと思います。
2、そもそもカルテ開示とは?
カルテ開示とは、患者側からの請求があれば、医療者側が任意にその患者のカルテを開示するということです。
今やこのようなカルテ開示は当たり前となっているはずなのですが、まだまだカルテ開示に抵抗感をもっておられる先生方もちらほらお見受けします。
確かに一昔前(少なくとも当職が司法試験に合格した2000年当時)では、旧態依然とした隠す体制に阻まれ、医療機関が任意にカルテを開示するなどということはめったになかったように思います。
そのため、患者側が、医療過誤を疑って、弁護士に相談した場合、患者側弁護士は、カルテが改ざんされてしまう恐れがあるとして、直ちに、裁判所に証拠保全の申し立てをするということが、当時の第一選択となっていました(実際、その当時の医療裁判では、カルテの改ざんの有無が争点となるケースが多かったように思います)。
裁判所は、カルテが改ざんされる恐れがある等、証拠保全の必要性と許容性が疎明されれば、証拠保全決定を出します。
裁判所が証拠保全決定を出したことは、証拠保全の直前(当日1〜2時間程前)まで、当該医療機関には一切情報提供されません。予め証拠保全が入るという情報が当該医療機関に知られてしまうと、カルテ改ざんの恐れが現実化してしまう可能性があり、せっかくの証拠保全が空振りになってしまうと考えられているからです。
当職自身、司法試験に合格した直後の司法修習生時代に、弁護修習先の先輩弁護士とともに、ある病院に証拠保全に行ったことがあります。もう20年以上も前のことですので、どのような症例だったかについての記憶はありませんが、一種異様な高揚感をもって、裁判所が指定した日時に、病院の前で、若手裁判官及び裁判所書記官と落ち合い、あまり歓迎されない形で病院の会議室に入り、ひたすら大量のカルテのコピー作業をしたことを覚えています。20年以上前ですから、電子カルテではなく、全て紙ベースの手書きのカルテでした。画像も電子データではなく、シャウカステンで見るレントゲンフィルムでした。
その病院でコピー機を借りるわけにもいかず、確か予めレンタル業者からコピー機を借りて持ち込んで、作業しました。当時、デジカメやスマホで撮影し、電子データで保存するといった手段はありませんでしたので、ひたすら人力作業でした。
若手裁判官と裁判所書記官も同席していましたが、基本、彼らはコピー作業を手伝ってはくれません。そもそも証拠保全手続きは、カルテを入手するということが目的の手続きではないからです。裁判所の役割は、まさに証拠保全、つまり、後日、カルテが改ざんされないよう、その時点で証拠たるカルテを検証して保全するというだけなのです。それゆえ、証拠保全手続きを利用してカルテを入手するべく、その際にコピー作業をしなければならないのは、証拠保全を申し立てた患者側弁護士の役割なのです。
若手裁判官と裁判所書記官がじっと見守る中、数時間かけて先輩弁護士と一緒に大量の紙ベースの手書きカルテを全てコピーをしました。その足で、別の病院に入院中だった当該患者さんの面会に行きました。当該患者さんが病院の医療過誤を疑って泣きながら心情を吐露されているのを伺い、一緒に涙したことを覚えています。
その後、弁護士登録2年目で、医療者側弁護士として医療紛争事案を集中的に取り扱うようになりましたので、これまで、患者側の立場で病院に証拠保全に入ったのは、その修習生時代の1件だけです。
厚生労働省が平成15年9月12日に「診療情報の提供等に関する指針」を発出したことを受けて、多くの医療機関が任意のカルテ開示に応じるようになったこと、削除履歴が全てログとして残ってしまう電子カルテが普及し改ざんしようとしてもできないシステムになったことから、最近では、顧問先の医療機関から、「証拠保全に入られました」という報告を受けることもめったにありません。
カルテ開示はあくまで任意なものですから、義務ではなく、決して強制されるものではありません。しかしながら、カルテ開示を拒否するということは、患者側弁護士や裁判所からすれば、カルテ改ざんの恐れを疑う根拠となってしまいますので、証拠保全が認められてしまうということになります。
仮に証拠保全が入られたとしても、それに応じれば良いわけですから、何かそれ以上のペナルティーがあるということでもないのですが、できれば、そのような疑いを持たれるべきではないので、任意のカルテ開示に応じるというスタンスを取るべきだと思います。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第47回 掲載記事より(令和5年1月号・第50巻第1号 通巻632号・令和5年1月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)