Q49今さら聞けないカルテ開示シリーズ その3
1、今回のテーマ
いよいよ政府が、マスクの着用につき、令和5年3月13日以降、個人の主体的な選択を尊重し、本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないようにという方針を打ち出しました。
その影響か、近隣の飲食店でも、一斉にアクリル板が撤去され、今や誰もマスク会食をしている人はおらず、コロナ前の活況が戻りつつあります。特定の日から新型コロナウイルスの感染力が減退するわけでもありませんし、政府が新型コロナウイルスの感染力をコントロールできるわけでもありません。3月13日からは、マスクなしでも感染しないということになったわけでもありませんので、少し考えたらおかしな話ではありますが・・・。
さて、今回も引き続き、カルテ開示シリーズです。
2、モンスターペイシェントからのカルテ開示請求を恐れる必要ない!
モンスターペイシェントに関しては、これまで実際の事例をふまえてこのコラムでも度々取り上げてきました。
「もしかしたら、モンスターかもしれない」という患者さんに遭遇した場合、カルテにどこまでの内容を記載すればよいでしょうか?患者さんからの暴言や暴力は、その患者さんの診療内容そのものではないから、カルテに記載する必要がない(カルテに記載してはいけない)と考えておられる医療者はまだまだ多いのではないでしょうか。あるいは、そのモンスターペイシェントからカルテ開示請求をされた場合の報復が怖いので、その患者さんにとって不利益な内容(暴言・暴力の事実)、その患者さんが読んだ場合に不愉快になるような内容は、極力カルテに記載するべきではないし、記載することは許されないというご意見もちらほら耳にします。
確かに賛否両論あるかもしれません。入院患者さんが看護師さんに下着の色を聞いたり、お尻を触ってくるなどといったセクハラは、その患者さんの診療内容そのものではありませんので、本来カルテに記載する必要のない事実かもしれません。
しかし、これまで実際に多くのモンスターペイシェント関連の紛争案件を担当してきた弁護士の立場から言わせていただくと、是非とも、事細かに、できれば一挙手一投足、一言一句、可能な限りリアルにタイムリーに、逐一、カルテに記載していただきたいのです。
本来、カルテは患者さんの症状の把握と適切な診療上の基礎資料として必要欠くべからざるものであり、かつ、法的に診療の都度医療者による作成が義務づけられているものであり(医師法24条等)、それゆえ、その真実性が担保されていると考えられています(東京高裁昭和56年9月24日判決)。そして、紛争が発生する前に作成されており(紛争が前提で作成するものではないため)、一般的に証拠価値(証拠が持つ証明力の程度)が高いとされています。
そのため、カルテは、医療者側の医療行為の適否や過失の有無を判断するための最重要証拠なのです。
そして、このことは、通常の医療行為の是非(いわゆる「医療過誤」の有無)が問われる事案のみならず、モンスターペイシェント事案でも、妥当します。
つまり、その患者さんがモンスターペイシェントであるということを裏付ける最重要証拠となるのは、ほかでもないカルテなのです。
では、その患者さんがモンスターペイシェントであることを裏付ける記載が満載のカルテが開示された場合、どうなるでしょうか?
確かに、モンスターペイシェントですから、あれこれと文句をつけてきます。実際、当職が担当した事案でも、「●月●日のカルテに○○○○と記載されているが、これは事実ではないから、削除を求める」だの、「そのような記載をされて、精神的苦痛を受けたから、慰謝料を支払え」だの、あらゆる自分勝手な論法でクレームをつけられたというケースがありました。
もちろん、患者側にカルテ記載の削除を求める権利などありませんので、そのような要求に応じる義務は一切ありません。
そして、少なくとも当職が担当した事案において、モンスターペイシェントを裏付ける具体的事実がカルテに記載されたがゆえに、慰謝料請求が認められたケースは1件もありません。もちろん、虚偽の事実が記載されているのであれば別ですが、実際に起こった事実を淡々と記載することに、躊躇は一切無用です。
以前、このコラムでもご説明したとおり、いつでも誰でも難癖をつけて訴えることができるのです(当職自身が訴えられたケースについては、第38回〜第46回のコラムをご参照ください)。クレームをつけられたら困るとか、報復が怖いからということで、モンスターペイシェントを裏付ける具体的事実の記載がされないままだと、泣き寝入りするしかありません。結局、我慢を強いられるのは医療者ご自身です。
モンスターペイシェントからのカルテ開示請求を恐れる必要はありません。モンスターペイシェントを裏付ける事実があるのであれば、是非ともカルテに記載していただきたいと思います。
実際に詳細なカルテ記載が勝因となった具体的なモンスターペイシェント事例については、追ってご紹介したいと思います。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第49回 掲載記事より(令和5年5月号・第50巻第3号 通巻634号・令和5年5月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)