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水島綜合法律事務所 - Q&A

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Q50今さら聞けないカルテ開示シリーズ その4

1、今回のテーマ
 これまで「いわゆる2類相当」とされてきた新型コロナウイルス感染症が、令和5年5月8日から「5類感染症」になりました。感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本とされましたが、多くの医療機関内では、引き続き感染対策として来院者にマスク着用を要請しているようです。ちなみに、最近では、裁判所でも急速にIT化が進んでおり、証人尋問期日以外はほぼWeb会議で行われていますが、滑舌の悪い裁判官がマスク着用してWeb会議で早口で話されると、まったく何を言っているのかよく聞き取れず地獄でした。それが、なんと先日のWeb会議期日では、その裁判官がマスクなしで饒舌に語っておられ、気のせいか訴訟指揮も的確かつスマートで感無量でした。
 さて、今回も引き続き、カルテ開示シリーズです。実際に詳細なカルテ記載が勝因となった具体的なモンスターペイシェント事例についてご紹介したいと思います。
2、病棟看護師に対する暴言・セクハラ行為を繰り返し居座り続けるモンスターペイシェント事例
 希少疾患(指定難病)で、療養介護サービス利用契約(自動更新契約ではなく、1年ごとに契約更新のための協議を実施)に基づき入院していた60代の男性患者でした。
 その患者は入院当初から、病棟看護師に対して、大声で叱責したり、猥褻なセクハラ発言を毎日のように繰り返し、その度に病棟師長から注意喚起されても、一向に改善されない状態が続いていたそうです。年に1回の入院契約更新協議の際には、患者の妻も同席の上、病棟師長、保育士、事務職員から再三注意喚起と指導を繰り返すものの、言った言わない、やったやってないの応酬でまともに反省する気配すらなく、のらりくらりという態度だったそうです。
 当職が初めて相談を受けたのは3回目の契約更新直後でした。そのような状況にもかかわらず、契約更新を続けた当該病院の方針には大いに疑問があり、正直、唖然としました。病棟看護師さん達は、実に2年以上もの間、その患者からの暴言・セクハラ行為に耐え続けてきたことになるからです。当職への相談のきっかけは、その患者対応によるストレス過多で複数の病棟看護師さん達が休職、退職し、もはやその病棟を維持できない状況に追い込まれたからということでした。
 当職が相談を受けた時点では、その患者のカルテには、暴言・セクハラ行為を裏付ける事実はほとんど記載されていませんでした。その理由は、患者の暴言・セクハラ行為は、診療内容そのものではないからということでした。
 その患者の妻が薬剤師、息子は医師ということも影響していたのかもしれません。患者家族が医療関係者であるため、カルテ開示手続きについては知識として知っているはずであり、カルテに診療内容以外の事実、特に患者にとって不利益な事実(患者による暴言・セクハラ行為の事実)を記載してしまうと、患者家族を怒らせてしまい、訴えられるかもしれないということを懸念していたようでした。
 しかしながら、そもそも診療行為は信頼関係で成り立っているものです。患者が加害者、病棟看護師が被害者という図式になってしまっている以上、もはや信頼関係の基礎が崩れてしまっているわけです。病棟看護師さん達の我慢の上に成り立つ信頼関係などありえません。
 使用者(病院)には被用者(看護師)に対する安全配慮義務(職場環境配慮義務)があります。モンスターペイシェントであることが明らかであるにもかかわらず、その対応を被用者(病棟看護師さん達)に強いることは、使用者たる病院の安全配慮義務違反になり、下手をすると労働問題に発展しかねません。
 そこで当職は、まず証拠固めをすることをアドバイスしました。つまり、その患者の暴言・セクハラ行為の事実を、可能な限り客観的証拠を残すということです。ほかでもないその患者自身のカルテに、その患者から、いつ、どこで、どのような暴言を受けたか、どのようなセクハラ行為を受けたかを、できるだけ具体的かつ詳細に、タイムリーにカルテに記載することをお願いしました。それまで、患者の暴言・セクハラ行為の事実など、カルテに記載すべきではないと考えていた病棟看護師さん達にとっては青天の霹靂だったようですが、まずその意識を変えることが第一歩でした。病棟看護師さん達には、カルテに赤裸々に記載することで自らが守られることになるのだということ、それが病院としての方針であることを周知徹底してもらい、むしろ攻めの姿勢で、臨んでいたただくようお願いしました。
 そして、その患者には可能な限り複数で対応し、一人で抱え込まないこと、暴言・セクハラ行為を受けたら、その場で直ちに抗議するとともに、可能な限りリアルかつ具体的にカルテに記録を残していくという作業を徹底してもらいました。
 それら証拠固めが出来た段階で、当職は、病院側代理人として、患者及びその妻に対して、4回目の契約更新はしないことを明記した通知書(内容証明郵便)を送付しました。
 すると、その患者が直ちに弁護士を代理人として選任し、「契約解除」は人権侵害であるなどと反論してきました。おまけに患者が入院中であるにもかかわらず、主治医からの病状説明や転院調整についても、いちいち患者代理人弁護士を通すよう要求してきました。もはや、病院と患者との信頼関係は皆無と言ってもいいような状況に陥ったわけです。

 本件については、その後、予想外の救世主が現れて無事解決となるわけですが、この続きは次回お話しします。

(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第50回 掲載記事より(令和5年7月号・第50巻第4号 通巻635号・令和5年7月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)

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