Q53今さら聞けないカルテ開示シリーズ その7
1、今回のテーマ
さすがに11月末になると急に冷え込んできたと思いきや、ぽかぽか陽気の日もあったりと、体調と服装が追い付いていかず、疲労感が蓄積するばかりですね。
さて、今回も引き続き、カルテ開示シリーズです。
2、カルテ開示の混同現象
前回は、カルテ開示制度は既存のカルテ(診療録等)をそのまま事務的に患者さんに開示するというものであって、新たに「要約書」なるものを作成したり、タイムチャージの如く1時間あたり●●●●円などと費用を請求して「口頭による説明」の場を設けたりするものではないこと、日常診療の中で行うべきである(口頭による説明)とカルテ開示制度を混同してはならないにもかかわらず、複数の医療機関で、カルテ開示関連規程や診療録開示申請書にその混同現象が生じてしまっているという問題点について指摘させていただきました。
なぜそのような混同現象が生じているのか、当職なりに少し調べてみましたので、その原因について紐解いてみましょう。
3、過去の遺物「旧指針」の悪影響
平成12年6月27日、当時の厚生省保健医療局国立病院部政策医療課から、国立病院等診療情報提供推進検討会議において取りまとめられた「国立病院等における診療情報に関する指針について」(以下「旧指針」といいます)が発出されました。この「旧指針」には「診療録等開示申請書」の参考様式が添付されており、それによると、「提供の区分」として「口頭による説明」だとか「要約書の交付」が選べるようになっていました。さらに、手数料に関する参考資料には、「口頭による説明については・・・1件につき、1000円程度の手数料とすべきである」とされていました。ちなみに、なんとこの「旧指針」には「診療情報提供の範囲」に関して「他の医療機関(国立病院等を含む)において作成された紹介状、証明書等は、対象外とする。」とはっきり明記されており、まさに悪しき「過去の遺物」であることがわかります(他院で作成された紹介状も開示対象に含まれることは既に本コラム第48回(2023年3月号42頁〜43頁)でご説明したとおりです)。
当職が軽くネット検索した程度でまだ「旧指針」の情報がヒットしますので、くれぐれもミスリーディングされないように注意していただく必要があります。
なお、「旧指針」の名誉のために若干私見を述べると、「旧指針」が発出された平成12年当時、カルテ開示はおろか医療安全の文化自体も未成熟であり、まだまだ旧態依然とした隠す体制に阻まれていたという時代背景に鑑みると、とにかくインフォームドコンセントの理念、カルテは医師の備忘録ではなく患者自身の情報が記載されたものであるという視点を浸透させることに主眼があり、カルテ開示の概念自体、整理が不十分だったのだと思います。
その後、平成15年9月12日に厚生労働省医政局長から各都道府県知事あてに「診療情報の提供等に関する指針の策定について」が発出され、各医療機関が則るべき「診療情報の提供に関する指針」(以下「新指針」といいます)が示されたことにより、悪しき「旧指針」は廃止されました。
しかしながら、「新指針」にはカルテ開示申請書等の参考様式が添付されていません。そのため、「旧指針」に添付されている「過去の遺物」である参考様式を修正することなくそのまま踏襲して使用されている病院が多いというのが現状なのだと思います。
なお「新指針」は、カルテ開示の概念につきある程度整理されているものの、まだまだミスリーディングされる可能性のある記載が散見されます。
例えば、確かに「新指針」では、一応「診療情報の提供」と「診療記録の開示」の概念を明確に分けて整理されてはいますが、その「運用細則」の「診療録等の開示」の条項の中で「診療録等の開示とともに口頭による説明を申請した場合、・・・診療録等の開示とともに口頭による説明を行う」旨、明記されており、あたかもカルテ開示申請の際に「口頭による説明」も一緒に申請できるかのような建付けになっているのです。そして、そのような建付けを前提とすると、「旧指針」の参考様式(閲覧、謄写に加えて、「口頭による説明」が選択できるような書式)がそのまま使えるかのようにミスリーディングされてしまいかねないのです。
「口頭による説明」は、カルテ開示制度を使って申請して求めるような類のものではありません。前回ご説明したとおり、本来日常診療の中で必要(病状説明や治療方針を決めるための説明)に応じて随時行われるべきもの(そうでないと説明義務違反に問われてしまいます)であって、改めて患者さん側から(口頭による説明を求めるために)カルテ開示申請をしなければならないというものではないはずです。それにもかかわらず、カルテ開示制度を利用した場合、タイムチャージを請求されるということでは、患者側としてもたまったものではありません(「旧指針」では「1件につき、1000円程度の手数料とすべき」と明記されていましたが、それもまたちょっとどうかと思います)。
このように「新指針」もまだまだ整理不十分という感が否めないことが、依然として混同現象が生じている要因なのだと思います。
いずれにしても、カルテ開示手続きは、あくまでシンプルに、既存のカルテ(診療録等)をそのまま事務的に開示する手続きであるということ、「口頭による説明」といったことは日々の診療の中で行うものであって、あえてカルテ開示制度を使って申請するようなものではないこと、「要約書の交付」や「説明文書の交付」などはそもそもカルテ開示制度の対象ではないということを整理してご認識いただければ結構かと思います(なお、このような整理は決して「新指針」に逸脱するものではありませんので、ご安心ください)。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第53回 掲載記事より(令和6年1月号・第51巻第1号 通巻638号・令和6年1月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)