Q54果たして「後医は名医」か?! その1
1、今回のテーマ
さて、今回から「後医は名医」ということわざにまつわるテーマでシリーズ化しようと思います。
今回は、少し前に顧問先病院の医師から受けた質問についてお話しましょう。
【質問】
他院(前医)からの紹介患者がDVD等の電子媒体で持参した画像データは、全て当院の画像管理システムに取り込んでいます。ただ、その他院(前医)からの画像データには、当院(後医)の診療に不必要な画像や専門外の画像が含まれていることが多く、またCT画像等では1000枚を超える場合もあります。そのため、当院の画像管理システムに取り込んだ他院(前医)の画像を、当院(後医)の医師が全てくまなくチェックすることは不可能な状況です。
それでも、当院の画像管理システムに取り込まれている画像であるということを理由に、画像診断の見落としの過失を問われる可能性がありますか?もし、見落としの過失を問われる可能性があるということであれば、画像取り込みの運用を見直す必要がありますので、ご教示ください。
2、後医は名医?!
「後医は名医」ということわざは、先に診察した医師(前医)よりも 後に診察した医師(後医)の方が的確な診断・治療ができるという意味ですが、あくまでケース・バイ・ケースです。前医になるか、後医になるかは時の運だからです。たまたま患者さんが先に受診したら前医になり、後に受診したら後医になるだけです。なので、たまたま後医になったからといって、必ずしもその医師が絶対的な名医だということにはならないわけです。
そもそも、「後医は名医」と言われるのは、後医には、前医の診療情報があるからです。
前医は、何の情報もない中で患者さんの主訴だけを頼りに、まっさらな状況で診察・治療を行います。その前医で診察・治療を受けても良くならなかったということで、患者さんは後医を受診するわけです。つまり、後医を受診した際には、「前医での診察・治療で良くならなかった」という貴重な診療情報があるわけです。後医は、前医からの貴重な情報を得た上で(つまり一通りのスクリーニングがされた上で)、それを参考にして新たな診察・治療ができるわけです。このように、前医と後医とでは、圧倒的に情報量に差があるわけですから、後医では正しい診断がなされる可能性が高くなるというのがからくりです。
しかし、今回の【質問】によると、その前医からの情報が多すぎて、到底全ての情報をチェックすることができないため、その情報を生かすことすらできないだけではなく、むしろ見落としのリスクがあるのであれば、そもそも前医からの情報を当院(後医)の画像管理システムに取り込むこと自体を控える必要があるのではないかを悩んでいるわけです。このような残念な状況だと、到底「後医は名医」にはなり得ません。
ただ今回の【質問】に対する回答としては、ケース・バイ・ケースではありますが、「画像診断の見落としの過失を問われる可能性はある」という回答になります。
限りある人的・物的資源、時間、環境等の条件の中、具体的にどういったケースで「見落とし」として過失が認定されるのか、個々の事案によるとしか申し上げられませんが、法は不可能を強いるものではありません。
ただいずれにしても、見落としによる過失を問われるリスクを恐れるがゆえに、せっかくの前医からの貴重な情報を、そもそも当院のシステムに取り込む運用を止めるということは、当院の診療に前医からの貴重な情報を生かすことができなくなることを意味します。極論、訴えられるリスクがあるので、医療行為を控えるということに行きつくわけで、本末転倒で愚の骨頂です。なぜそういう残念な発想になってしまうのか理解困難ではありますが、あまりにも画像見落としのケースが多いということなのかもしれません。
この問題は、前医と後医の診療科が異なる場合にはより悩ましいことになります。そして、同じ医療機関内でも同様の問題が生じうるわけです。検査結果の見落としに関しては、既に本コラム第5回〜第7回(平成30年8月号・第45巻第8号 通巻590号〜平成30年10月号・第45巻第10号 通巻592号)で詳述しましたので、ご参照ください。
近い将来、AIシステムにより画像見落としのリスクを回避できるようになり、少しでも医療者のストレスが軽減されるようになることを熱望します。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第54回 掲載記事より(令和6年3月号・第51巻第2号 通巻639号・令和6年3月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)