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水島綜合法律事務所 - Q&A

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Q55果たして「後医は名医」か?! その2

1、今回のテーマ
 令和6年は元旦に能登半島地震、2日には羽田空港事故と、大惨事が連続した幕開けとなり、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
 また、ショッキングなことに、韓国初のMBL公式戦の最中、新妻を初披露したばかりの大谷翔平選手の相棒であった水原一平通訳が違法賭博の疑いでドジャーズを突然解雇され、あろうことか大谷選手の口座から違法賭博で膨らんだ巨額の借金の返済がなされていたという事実が明らかになりました。
 まさかという事態は実際に起きるのだということを思い知らされたとともに、改めて今という時を大切に日々自らの使命を全うすべく地道に精進せねばと強く心に誓いました。
 さて、今回も「後医は名医」ということわざに関連して、当職が過去に担当した裁判事案を複数回にわたって取り上げようと思います。
2、事案の概要
 本件患者さんは、慢性心不全で約5年間、A病院の循環器内科(前医:a医師・循環器科専門医)にて通院治療を継続していた60歳女性でした。心不全の状態は悪いなりに安定していましたが、心エコー検査で心サルコイドーシスが疑われる所見が認められ、さらに胸部CTで肺サルコイドーシスまたは悪性腫瘍が疑われる所見が認められました。その後、心不全の急性増悪のため、A病院(前医)の循環器内科に入院、心臓カテーテル検査及び心筋生検を実施したものの、心サルコイドーシスの確定診断には至りませんでした。入院治療の結果、全身状態は安定し、心不全については自宅での生活が可能な状態にまで軽快しましたが、今後再び急性増悪を繰り返すことが予想されました。そして、その原因として、心臓そのものの問題に加えて、肺病変の影響の可能性もあるということでした。もし肺サルコイドーシスであればステロイド治療が有効かもしれないということで、肺サルコイドーシスの確定診断をつけるため、B病院の呼吸器内科(後医:b医師・呼吸器内科専門医)に気管支鏡検査の依頼がなされました。
 背景事情として、その当時、A病院の呼吸器内科は、昨今の医師不足の影響で、大学医局からの医師派遣が困難となり、呼吸器内科部長と医員(b医師)が、A病院を退職、b医師はB病院の呼吸器内科に異動となりました。それ以降、A病院の呼吸器内科は、大学医局からの常勤医師としての呼吸器科医師の派遣はなくなり、外来診療業務のみに縮小されたため、A病院の呼吸器内科では気管支鏡検査を実施できなくなりました。
 一方、B病院では、そもそも循環器疾患を専門に取り扱っておらず、重症心不全の患者さんのための専門の設備も機器も専門医もいないため、重症心不全患者さんの受け入れ自体不可能でした。B病院は、呼吸器系疾患の診療依頼(気管支鏡検査に限らない)を他院から受けることが多いものの、高齢化の影響もあり循環器系疾患や消化器系疾患など合併症をもった患者さんが多く、そのため、B病院で対応可能か否か判断に苦慮することが多いのが現状でした。特に、本件患者さんのように、気管支鏡検査の実施依頼を受けることも多く、循環器疾患が疑われる患者さんであれば、場合によっては、まずB病院で受け入れ可能か否かを判断するために、他院の循環器専門医に照会することもありました。
 しかし、本件患者さんの場合は、そもそも循環器専門医であるa医師からの紹介であったということ、かつa医師からb医師に電話で気管支鏡検査の依頼があった際に、b医師がa医師に気管支鏡検査の負荷がかかっても大丈夫かを確認したところ、a医師曰く「大丈夫でしょう。心疾患はあるが気管支鏡検査にあたっては問題ないでしょう」とのことであったため、b医師としては、それ以上、さらに別の循環器専門医にコンサルトする必要すら感じませんでした。そもそも、b医師はa医師から、本件患者さんが気管支鏡検査を躊躇するほどの重症心不全であったということは一切聞いていませんでしたし、もし本件患者さんが重症心不全であるということを聞いていれば、B病院では受け入れ不可能なので、b医師としては、その時点で依頼はお断りしていたはずでした。
 a医師からのb医師宛の診療情報提供書にも拡張型心筋症と不整脈の病名に関しては記載されていますが、心不全の重症度に関しては一切記載されておらず、また心カテーテル検査や心エコー検査の結果についても一切言及されていませんでした。もし気管支鏡検査が可能かどうかを心機能の観点からB病院で評価する必要があるとa医師が考えていたのであれば、診療情報提供書にその旨記載があるはずですが、診療情報提供書の文面からは一切そのような事実を読み取ることはできませんでした。もし、それほど重要な判断をB病院に委ねるということであれば、診療情報提供書に記載してもらわないとB病院としては判断することは不可能だというのが、B病院及びb医師の想いでした。
 加えて、B病院における入院時検査でも特段本件患者さんの心疾患の容態悪化を示すデータはありませんでした。B病院にとって、本件患者さんに対し気管支鏡検査を実施するにあたって必要な情報は、心臓カテーテル検査を無事受けたということ、その結果、虚血性心疾患が認められなかったということ、更に心筋生検ではサルコイドーシスの診断に至っていないということであって、これらの情報については、a医師からの電話及び診療情報提供書で入手できていました。
 ちなみに、b医師の気管支鏡検査の経験数は術者として200件以上、助手を含めると1000件、B病院全体としては毎年600件〜900件の気管支鏡検査を実施していました。
 その後の医療事故に至る経過、医療裁判の経緯の詳細については、次回以降、お話します。

(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第55回 掲載記事より(令和6年5月号・第51巻第3号 通巻640号・令和6年5月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)

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