Q56果たして「後医は名医」か?! その3
1、今回のテーマ
まだ5月だというのに、蒸し暑さゆえか、無性にかき氷が恋しく、この原稿を書き終えたらすぐにでも甘味処に行こうと目論んでおります。
さて、今回も「後医は名医」ということわざに関連して、当職が過去に後医の代理人として担当した裁判事案(後医における気管支鏡検査終了直後の死亡事例)を取り上げようと思います。
2、後医初診〜入院時の経過
初診時、本件患者さん(慢性心不全で約5年間A病院(前医:a医師・循環器内科専門医)で通院治療中)は、A病院からの診療情報提供書、血液検査結果報告書、胸部CT画像及び胸部レントゲン画像を持参して、B病院(後医:b医師・呼吸器内科専門医)に40分もかけて電車で来院されました。b医師の初診外来で、結核などの抗酸菌感染症の除外診断のために喀痰検査を実施しました。
その1週間後、B病院に独歩で来院し、入院されました。問診の際、本件患者さんは、「息切れがすることがありますか?」の問いに対して「いいえ」と回答し、「『入浴』を含め全ての日常生活上の行為のうち、一人で行えない事はありますか?」の問いに対しても「なし」と回答され、「現在の症状の中で何が一番お困りですか?」との質問にも「なし」と答えていました。
B病院入院後、気管支鏡検査実施前まで、慢性心不全の状態は極めて安定しており、臨床症状からはNYHA分類Tに該当していました。A病院でのBNP値は400超、(その20日後の)B病院入院時のBNP値は350台で、重症心不全状態ではありませんでした。
A病院からの診療情報提供書によると、気管支鏡検査によるサルコイドーシスの精査および右下葉S10領域の病変に関し肺癌の除外診断の依頼でした。B病院の初診時に持参された胸部CT画像及び胸部レントゲン画像で、両肺野に斑状影と右結節が認められ、A病院からの診療情報提供書記載のとおり、@サルコイドーシス及びA肺癌の可能性が疑われました。
B病院における入院診療計画としては、バイアスピリン(抗血小板剤)の内服を中止の上、薬効が抜ける1週間後を目途に気管支鏡検査を考慮すること、その他各種検査等を行うことでした。
B病院では、気管支鏡検査実施予定の患者全例について心電図検査を実施しており、本件患者さんも心電図検査を実施したところ、心室性期外収縮と左脚ブロック以外の不整脈は認められませんでした。その他、他覚・自覚所見含めて、特に症状はありませんでした。
入院当日、b医師は、本件患者さんとその夫に対して、胸部レントゲン画像(A病院撮影分)を示し、肺の絵を用いて、診断結果及び治療法に関して次のとおり説明しました。
- 両側肺野にびまん性の小粒状の影が散在する。
- 右下肺に数センチ大の結節が認められる。
- まず気管支鏡検査で生検を実施し、診断に努める。
- もし、診断がつかなかった場合、胸腔鏡下生検など他の手段を考慮しないといけないかもしれない。
- 病名としては、@サルコイドーシス、間質性肺炎その他、A肺癌、肺結核、肺炎等が考えられる。
本件患者さんと夫は、b医師の説明をうなずきながら聞いていました。
続けて、b医師は、気管支鏡検査について概要以下のとおり説明しました。
1)検査をする理由
胸部画像上、異常を呈する陰影がA病院(前医)でみつかり、当院(B病院)でその画像を確認しても、やはりサルコイドーシスなどの病気の可能性が考えられる。レントゲン検査というのは影しか見ていないのできちんとした病気の判断のためには肺の中の組織を採取して顕微鏡で確認したり、肺の中を生理食塩水で洗ってその回収液の成分を調べたりしないと最終判断ができない。肺の中の組織の採取や生理食塩水で洗浄するための一つの方法が気管支鏡検査である。
2)検査の方法
ボールペンより若干細い程度のファイバーを口からいれて肺の中を観察して組織をとる。ただし一般に想像されるようにレントゲンで異常を呈した部分は直接ファイバーで観察してとるわけではない。ここが胃カメラとの違いである。気管支は徐々に細くなっていくためファイバーが挿入できる気管支には限度があるからである。したがってほとんど場合、ファイバーから見えているのは穴のみで実際に組織を採取するにはファイバーが挿入された状態でレントゲンを当て(透視撮影)、それをモニター(テレビ画面)で確認してモニター上で異常陰影の場所を採取するという方法をとる。ただしモニター画面上は立体ではないので正面像で異常陰影の場所と鉗子が一致しても側面からみればずれている可能性があり、それを確認するために検査中に両手を挙げたり下げたりして頂く。またTBLBの際には肺の一番表面の胸膜を採取してしまうと肺が破れて気胸をおこしてしまうため生検の際、鉗子で把持した際に痛いか痛くないかを確認するので意思表示をして欲しい。
3)麻酔について
歯の麻酔での異常の有無、緑内障、前立腺肥大の有無を確認する。
4)副作用について
ショック、出血、気胸、発熱の4項目、特に気胸に関しては検査方法と直接関係するため少し詳細に説明。
5)結果について
気管支鏡検査を行っても、必ず診断が確定するわけではない。
本件患者さんは気管支鏡検査に対して不安を訴えましたが、ほとんどの患者さんが多かれ少なかれ心配されるのが現状です。
さらに、造影剤を用いた胸部CT検査のための問診を行いました。薬剤の副作用歴やアレルギー歴などの確認し、造影剤検査により重篤な副作用(ショック・心停止・頻脈・徐脈・呼吸困難・喉頭浮腫・喘息・痙攣など)が出る可能性があることも説明しました。
b医師の説明の後、本件患者さんは、承諾書に署名されました。
その後の医療事故に至る経過、医療裁判の経緯の詳細については、次回以降、お話します。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第56回 掲載記事より(令和6年7月号・第51巻第4号 通巻641号・令和6年7月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)