Q57果たして「後医は名医」か?! その4
1、今回のテーマ
全国的に梅雨が明け、酷暑真っ盛りですが、新型コロナ感染者急増で第11波に入りつつあります。ご多分に漏れず、当職自身も6月初めに新型コロナを発症しました。高熱、喉の痛み、全身倦怠感、味覚障害もさることながら、後頭部から背中にかけて激痛で、休養したくとも痛すぎて眠れませんでした。およそ風邪とは全く異なる症状であることを実感しました。幸い、一年前から平日大阪、週末京都の二拠点生活を始めており、家庭内感染を防ぐべく、急遽、夫には京都別邸に避難してもらいました。
1週間ほどでようやくコロナの症状から解放されたのもつかの間、今度は帯状疱疹に罹患しました。最初の1週間から10日間程度は、右上半身の激痛でうなされ、眠れませんでした。鎮痛と帯状疱疹後神経痛の予防のため、毎日かかりつけ医に通ってぶっとい注射を打ち続けました。朝晩の内服薬による鎮痛効果は2時間ほどしか持たず、その間にダッシュで仕事を片付け、また頓服の鎮痛剤を服用するという日々が4週間続きましたが、ようやく日常を取り戻しつつあります。
さて、今回も「後医は名医」ということわざに関連して、当職が過去に後医の代理人として担当した裁判事案(後医における気管支鏡検査終了直後の死亡事例)を取り上げようと思います。
2、入院翌日〜気管支鏡検査実施までの経過
B病院(後医:b医師・呼吸器内科専門医)の病棟カンファレンスにおいて、胸部CT(高解像度CT)画像、血液検査結果、心疾患の病歴等から、本件患者についてはサルコイドーシスが臨床的に疑われるものの、確定診断のためには気管支鏡検査が不可欠であると判断されました。
ネタバレになってしまいますが、本件患者は気管支鏡検査実施直後に急変して死亡されました。その翌年、遺族は、確定診断を付けてもサルコイドーシスには治療法がないのだから確定診断を付けるための検査は不要であったなどと主張して、A病院(前医:a医師・循環器科専門医)とB病院(後医)に対して訴訟提起(約6000万円の損害賠償請求)します。
余りにも当たり前のことですが、医療行為というものは、患者を診察し、必要な検査をし、疾患を診断した上で治療方針を決定するというのが基本的な枠組みです。その基本的な枠組みからすると、本件患者の拡張型心筋症が、サルコイドーシスに基づくものなのか、もしくは他の二次性心筋疾患なのか、あるいは原因不明の特発性拡張型心筋症なのかを確定診断する必要があったのであり、CTや心エコーなどからサルコイドーシスの疑いが強まったことで、診断基準に従ってサルコイドーシスの確定診断をつけるためには、気管支鏡検査が不可欠だったのです。
遺族の主張だと、難病の疑いさえあれば診断を付けなくてもいい、難病の疑いがあれば医療行為をしなくていいということになってしまい、この主張は難病の疑いのある全ての患者に対する医療行為の放棄にほかなりません。
そもそも、医療の難しさは、診療時点で結果が分からないことにあります。サルコイドーシスであるという診断がついて初めて治療法がない疾患(難病・特定疾患)であるということがわかり、治療法がないという判断が正当化されるのであって、サルコイドーシスであるという結論ありきで主張するのは、明らかに間違っています。
3、気管支鏡検査当日の経緯
気管支肺胞洗浄検査(BAL)及び組織検査(経気管支肺生検(TBLB)と経気管支腫瘤生検(TBB))を行う予定で、B病院における通常の体制(主治医b医師を含めて医師6名と看護師2名)で実施されました。
気管支肺胞洗浄検査(BAL)及び経気管支肺生検(TBLB)を順調に実施していたところ、TBLB実施中に気道出血を認めたためボスミン活水にて止血処置を行いました。また、経気管支肺生検(TBLB)終了間際に酸素飽和度が87%に低下しましたが、深呼吸を促したところ直ちに90%台に回復しました。B病院では気管支鏡検査実施中に酸素飽和度が90%未満になった場合にアラーム音が鳴る設定にしており、本件患者の場合、検査終了までの約25分間の間、アラームが鳴ったのはこの一度きりでした。
通常、B病院での気管支鏡検査は1件につき30分枠で設定されており、本件患者の場合、経気管支肺生検(TBLB)終了時点で既に約25分が経過していたこと、経気管支肺生検(TBLB)実施中に一過性の気道出血を認めたことから、予定していた経気管支腫瘤生検(TBB)については無理せずに中止することとしました。
経気管支肺生検(TBLB)が終了し、気管支鏡を抜去した後に酸素飽和度が80台に低下したため、酸素投与を開始しました。酸素投与を2L/分から開始し、6L/分に増量する前までのSPO2は、86%〜88%でした。検査終了して5分後に酸素投与を6L/分に増量してすぐに90%台に回復したことを確認後、本件患者はストレッチャーで検査室から退室しました。
b医師はそのまま検査室内に残り、引き続き、他の予約患者の気管支鏡検査を実施しました。
そして検査室から病室に帰室するまでのわずか10分程度の間に、本件患者は急変し、蘇生処置が奏功しいったん血圧が触知可能な程度に戻りましたが、自発呼吸の出現はなく、翌未明、死亡されました。
その後の経過、医療裁判の経緯の詳細については、次回以降、お話します。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第57回 掲載記事より(令和6年9月号・第51巻第5号 通巻642号・令和6年9月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)