Q58果たして「後医は名医」か?! その5
1、今回のテーマ
9月下旬になっても日中はまだ真夏のような日差しが続いていましたが、一昨日あたりからようやく朝晩だけは秋の気配を感じるようになってきました。
さて、今回も「後医は名医」ということわざに関連して、当職が過去に後医の代理人として担当した裁判事案(後医における気管支鏡検査終了直後の死亡事例)を取り上げたいと思います。
2、死亡原因の究明〜前医との合同カンファレンス
本件患者が死亡した原因としては、経過からみると、急性心不全を起こしたものと考えられました。しかし、それは、あくまで死亡直後時点での臨床診断にすぎず、b医師(後医:呼吸器内科専門医)としてはきちんとした死亡原因を調べるために病理解剖させて頂くことが望ましいと本件患者の夫に説明しました。もちろん蘇生処置そのものの影響があるため100%確実な診断ができるとは限らないことも説明しました。
当初、夫は病理解剖に前向きでしたが、本件患者実母に相談したいとのことで、一旦、本件患者の遺体を一時霊安室に移すこととなりました。しかし結局、夫が本件患者実母と相談した結果、病理解剖は希望されず、そのまま死亡退院となりました。
そして、死亡退院後に判明した気管支鏡検査結果から、サルコイドーシスに矛盾しないという臨床診断に至りました。
B病院(後医)では、気管支鏡検査の直後に患者が急変し死亡したケースは本件患者が初めてでしたので、再発防止の観点から早急に症例検討会を開催することになりました。ただ、本件患者はA病院の循環器科から紹介を受けた患者であるため、症例検討会には前医であるa医師を含めてA病院の循環器科の先生方にも参加して頂き、A病院(前医:a医師・循環器科専門医)とB病院の合同カンファレンスを開催することになりました。
合同カンファレンスでは、本件患者死亡という、不幸な結果を前提として再発防止の観点から、実際にその当時、B病院においてそのような処置・対処が可能であったか否かは度外視して、いわばレトロスペクティブな視点から検討されました。
それゆえ、合同カンファレンスでの協議内容は、のちに裁判で争われることになる過失の有無という観点とは自ずと違いが生じるのです。つまり、裁判で争われる過失の有無は、当該医療行為の時点におけるプロスペクティブな視点で判断されるべきであって、合同カンファレンスで協議されたレトロスペクティブな視点での検証とは異なるわけです。
その意味で、もちろん、合同カンファレンス開催時、中途半端に症例検討をしたわけではありませんが、本件訴訟になってから、改めてカルテに基づいて事実を検証し直したところ、合同カンファレンス開催当時の認識を修正する必要がある箇所がでてきました。
例えば、合同カンファレンスの結果報告書では、「心電図モニターを装着しておれば急性心不全の状態をより早期に発見できた可能性があった」と記載されました点については、実際、B病院ではその当時、心電図モニター装着の必要性については症例ごとに個別に判断しており、本件患者の場合、心電図モニターの装着が必須となる症例ではないと判断したことに何ら過失はありませんでした。ただ、本件患者死亡という不幸な事故を経験した以上、再発防止の観点から、心電図モニターを装着していれば事故防止に役立つ可能性があるかもしれないという趣旨で、合同カンファレンスの結果報告書にその旨、記載されただけでした。しかし残念ながら、その内容は、のちの裁判において原告側にとって有利な証拠として援用されてしまいました。
3、医療裁判の経緯〜前医と後医が相被告となる
本件患者が死亡してから4ヵ月後、B病院に対して裁判所による証拠保全が実施され、さらにその半年後、本件患者の夫はA病院(前医)及びB病院(後医)を相被告として6000万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。
患者死亡から証拠保全を経て訴訟提起に至るまでわずか10ヵ月間という異例の速さで法的手続きを選択されたということに鑑みると、ご遺族である夫の病院に対する不信感が露わであると思われました。
医療裁判において、前医と後医が共同被告として訴訟提起された場合、しばしば相被告間で医学論争が展開されることになり、やっかいです。
そもそも医療訴訟は医学という専門性の高い知識が必要であり、医療の素人である原告及び裁判所にとっては難解ゆえ多大な労力を有する裁判となることから、平均審理期間も一般事件の約3倍以上の長期戦となります。
そして、医療の素人である原告としては、まず協力医を探す必要がありますが、そもそも原告側に有利な意見を述べてくれる医師を探すこと自体、困難を極めます。その上で、被告である医療機関に対して、医学論争を挑むことになるわけですから、訴訟提起時点で既にハードルが高いわけです。他方、被告である医療機関にとっても、医療の素人である裁判所に対して、医学的内容を分かりやすく説明する必要があり、これまた多大なる労力を要する作業となるわけです。
しかしながら、前医と後医が共同被告として訴訟提起された場合、前医と後医とが高度な医学論争を展開しながら互いに相手に責任を擦り付け合うことも多く、そうなると原告は自ら協力医を探す必要がなくなるケースもあり、いわば漁夫の利を得ることになるわけで、その分、ハードルが下がるのです。また、前医と後医が高度な医学論争を展開してしまうと、最終判断者である(医療の素人である)裁判所がその医学論争に入っていけず、置いてきぼりになってしまう可能性もあります。
それゆえ、前医と後医が共同被告として訴訟提起された場合は、相当用心して臨まないと、下手をすると前医と後医が潰しあう結果となってしまい、やっかいなのです。
そして、本件訴訟もまさにそのやっかいな事態となってしまったわけですが、その具体的な経緯の詳細については、次回以降、お話します。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第58回 掲載記事より(令和6年11月号・第51巻第6号 通巻643号・令和6年11月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン)