Q60果たして「後医は名医」か?! その7(最終回)
1、今回のテーマ
タレントによる性加害事件に端を発したフジテレビ問題が勃発し、企業のコンプライアンスの在り方が改めて問われています。今、この原稿を書いている最中、フジテレビのオープン形式会見がライブ配信されており、既に数時間以上経過しているにもかかわらず、質問者の手が多数挙げられ、時折怒号が飛び交っています。テレビ局の不祥事を糾弾するための会見を、そのテレビ局自身が特番として延々と(結局、10時間半もの長時間にわたり)放映するという前代未聞の異常事態に至っています。
さて、今回も「後医は名医」ということわざに関連して、当職が過去に後医の代理人として担当した裁判事案(後医における気管支鏡検査終了直後の死亡事例)を取り上げたいと思います。
2、裁判所からの和解勧告〜前医と後医との共同責任
(1)裁判所の心証開示
裁判官は、全ての主張立証を踏まえて、判決言い渡しに向けて「心証」を形成します。要はこの事件の見立てです。実務上、裁判官がある程度の心証を形成した場合、その時点で、判決前に和解勧告をすることが多いのですが、特に、医療裁判の場合、和解率が圧倒的に高いのが現状です(令和5年のデータによると、判決が36.1%であるのに対して、和解は54.4%です。
https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2024/240610-iji-iinkai/240610-iji-toukei2-syukyokukubunbetsukisai.pdf )。
本件においても、証人尋問終了直後、即日、裁判所から心証が開示され、和解勧告がなされました。
和解勧告の際は、患者側代理人並びにA病院及びB病院それぞれの代理人のみが同席し、患者遺族やa医師及びb医師は同席を許されませんでした。
裁判官が入室前、患者側代理人から「b先生、凄いですね。よく勉強されていて驚きました。反対尋問で全く崩れなかったので、尋問しにくかったです。」とお褒めの言葉をいただきました。
その後、入室した裁判長からも「b医師の証言態度は素晴らしかった」と絶賛されました。
さて、裁判所からの具体的な心証開示は次のとおりでした。
ア、気管支鏡検査を実施したこと自体について(検査回避義務違反について)
サルコイドーシスは難病であり、肺ガンの可能性もあったことから、いずれにしても、確定診断をうけるのが先決と言うことは医学的常識であって、検査を実施したこと自体に過失はない。
イ、慢性心不全の急性増悪についての予見可能性について
@前医(A病院のa医師)について
容態が安定していたとはいえ、中等度の心不全状態であり、a医師自身、一生付きまとう病気であって、いつ悪化してもおかしくないということを認識していたことから予見可能性があった。
それにもかかわらず、b医師に対する診療情報提供書には、中等度の心不全状態等の記載がなかった。予見可能性のあったa医師は、b医師に対し、もっと注意喚起をすべきであった。
A後医(B病院のb医師)について
前医からの情報不足とはいえ、1か月前に慢性心不全の急性増悪で入院した患者であり、BNP値、EF値等から鑑みると、循環器専門医にコンサルトするか、あるいは、急変したらより早く対処できるような体制等を取るべきであったことは否定できない。
ウ、救命可能性について
BAL実施中ではなく、ある程度時間が経過した後に酸素飽和度が下がり、酸素を2L/分投与しても酸素飽和度が上がらず、6L/分に増量してようやく90%に回復している経緯からすると、高度の蓋然性とまでは言えないにしても、相当程度の可能性はあったのではないか。
エ、和解勧告
以上を踏まえて、本件紛争の早期解決のためには、被告双方から数百万円ずつ(同額)を支払っていただく形での和解を勧告する。
(2)和解勧告を受けたA病院及びB病院の対応
この和解勧告を受けないと、今後の本件訴訟の進行としては、鑑定が必至となります。そうなると、幸いそれまで争点として顕在化しなかった様々な言われなき問題点が指摘される可能性があり、B病院にとって不利な鑑定結果が出るリスクもありました。不利な鑑定結果が出た場合は、数千万単位での判決が予想されますので、この和解勧告については、是非とも前向きに検討すべきであるというのが、当職の見解でした。幸い、B病院のご意見も同じでした。
しかしながら、A病院(前医)の態度は強固で、頑として裁判所の和解を受け入れようとしませんでした。A病院の代理人によると、本件患者が死亡したのはB病院においてであって、A病院で死亡したわけではないのだからというのが理由のようでした。この期に及んでも、A病院側の認識の甘さには正直驚きました。
度重なる裁判所からの説得の結果、ようやくA病院の代理人がしぶしぶ和解に応じる姿勢を示すようになりました。ただ、最後の最後、A病院の代理人曰く「A病院としては、どうしてもB病院と同額では納得できない。わずか数十万でもいいから差をつけてほしい。」と要望してきました。このようなA病院側の態度には驚きを通り超して、怒りすら覚えました。裁判長は目を丸くして呆れていました。しかしながら、何よりも紛争の早期解決が至上命題でしたので怒りはぐっと抑えました。そのようなA病院の態度が果たして患者遺族にどう映っていたのか知る由もありませんが、なんともすっきりしない幕引きとなりました。
結局、B病院の方がA病院よりも数十万多い金額を出す形で、本件患者遺族との間で裁判上の和解が無事成立しました。
3、結びにかえて
さて、50年もの歴史ある雑誌「クリニックマガジン」が今号をもって休刊されるとのことで、60回続いたこのコラムも今回が最終回となります。これまでご愛読いただき本当にありがとうございました。時折、「水島先生のコラム、いつも興味深く読んでいます」といったご意見をいただくことがあり、大変励みとなっていました。本紙面において改めて御礼申し上げます。なお、このコラムのバックナンバーにつきましては、当事務所ホームページのQ&A〈
https://mizushima-law.jp/q-a/index.html 〉
に掲載しておりますので、引き続きご愛読いただければ幸いです。
(隔月刊誌『クリニックマガジン』連載『日常診療におけるトラブルの予防・解決〜医療者側弁護士による法律相談室〜』シリーズ第60回 掲載記事より(令和7年3月号・第52巻第2号 通巻645号・令和7年3月1日発行 編集・発行 株式会社ドラッグマガジン))